村に戻ってから3日後の11月18日に亀川&折笠両氏の撮影班がヘリで帰国の途についた。

 二人は村で月に照らされた美しい極夜の北極を映像にうつし、実際の橇引き現場も目の当たりにし、長老格の村人に昔のイヌイットの極夜旅行の話を聞いたという。村には犬橇活動をする極地探検家の山崎哲秀さんも滞在していたが、彼にも私の探検についての見解をたずねたらしい。出発前の私のインタビューも終わり、もう十分に取材は尽くしたということのようだった。

 二人と別れるときは自分でも驚くぐらい悲しくなった。今回は成田空港で家族と離れるときでさえ涙が出なかったというのに、なぜか二人と別れの握手をしたときはグッとくるものがあったのだ。涙をこらえながら、私は家族にたいして申し訳ないと思った。どうして成田ではなく今、涙が溢れそうになるのか……。同居している間はどちらかといえば鬱陶しいと感じていたこのむさくるしい二人のオッサンとの別れが悲しい理由が、自分でもあまりよくわからなかった。

闇が支配を強めると村人からも精気が失われた

 11月中旬もすぎると、村に来た頃に比べて空は目に見えて暗くなってきた。2週間前にカナックに着いた頃はまだ昼間の5、6時間は十分に明るく生活に支障は感じられなかったが、その明るい時間も徐々に短くなっていき、そして太陽の光量もあきらかに落ちてきていた。しかも月の朔望も新月にむけて欠けていくサイクルにはいり、やがて月も姿を見せなくなった。この地域では新月を中心にした9日間は、月は地平線の下に沈み出てこない。太陽と月の両方が消えるいわば〈極夜の中の極夜〉となり、しかも冬至まであとひと月という1年でもっとも暗い期間にさしかかったのである。さすがに外部からの来訪者である私にも、闇の力が徐々に影響力をつよめ、その支配領域をひろげていく様子が手にとるようにわかった。それに伴い冷え込みも厳しくなった。海は、つい先日まで絶望的なまでに凍結する気配がなかったが、いつのまにか海水が凍結しはじめたときに特有の蓮の葉氷がひろがり出し、闇が濃くなり海も凍って、村の男たちも狩りに出ることをやめた。人々はほとんど家の外に出なくなり、いつの間にか村からは活気と生気が失われていた。笑顔が少なくなり、歩く速度も遅くなった。誰も何もしない。少なくとも何かをしているように見えない。何かをしようとする意思も感じられない。すべてが闇のに覆い隠され、静かに暗闇に支配され、沈黙だけが村の空気に漂った。こうして人間心理を圧迫する極夜世界が本格的に稼働しはじめたのだった。

11月19日、出発に備えてにカヌーの修復作業を行った ©角幡唯介