「古いんですけど、まだやっているんですよ」
「おおっ、やっとるな。明りがついとるよ」
運転手さんが声をあげた。車が入るのは困難な都市のけもの道ともいうべき細い路地の奥に、しっかりと明りがついていた。運転手さんばかりでなく、驚かされたのは私の方だった。色街の人々には失礼だが、営業自粛どころか、客足が遠のき潰れているだろうとすら思っていた。
以前訪れた時には、同じ店の看板が消え入りそうな蝋燭の火のように見えたのだが、今回はこの暗い時世を照らす灯台のようにも見えてくる。
乗車料金を払うと、私は明りに吸い寄せられるように『中村』と書かれた看板を出している店に向かった。
「ママが一念発起して、屋根を修理してる」
変わらぬ古風な建築の店の前まで来ると、ガラス戸の向こうには、3人の女性の姿があった。その中に見覚えのある女性の姿があった。2人の若い女性、そしてもうひとり、一番年上の女性は、私が遣り手のおばさんと勘違いし、座敷わらしのことを教えてくれた女性のような気がした。「こんばんは」と言って、引き戸を開けた。
「まだやってるんですね?」
そう問いかけると、一番年上の女性が、「古いんですけど、まだやっているんですよ」と応じてくれた。
彼女は私のことなど覚えていないだろうが、「どの子にしますか」と聞かれ、ここは一番古株に違いない年上の女性を指名しようと思い、彼女に「お願いします」と言った。
階段をあがりながら、彼女が言う。
「おととしの台風以来、雨漏りがひどくてね。外に足場が組んであったでしょう。ママが一念発起して、屋根を修理しているんですよ」
「東京からもお客さんが来てくれるんですよ」
案内された部屋は、この前入ったのと同じ部屋だった。部屋の雰囲気は当時と変わらぬままだった。名前を尋ねると、英子と名乗った。缶コーヒーを出してくれて、「お兄さんはどちらからですか?」と尋ねられた。東京からだと伝えると、
「東京もすごいですね。コロナが多くてね。そんでもね、東京からもお客さんが来てくれるんですよ。ありがたいですよ」
「実は、1年半前にもここに来たことがあるんですよ。お姉さんとも話したと思うんですけど、その時に若い子がいましたよね」と言うと、「あぁいますよ。一応在籍はしているんだけど、最近は来てないのよ」との答えが返ってきた。
「その時にお姉さんから座敷わらしの話を聞いたんですよ。ここにいるって聞きました」
「そうでしたか。私は16年ぐらい前からここにいるんですよ。座敷わらしは、ここの台所で見たんですよ。何だろうと思ってママに話したら、『それは座敷わらしや、前からいてんのや。それなら忙しくなるで』って言われたんです。そうしたら本当にその日は忙しくなって、休憩をする暇もなかったんですよ。全部で3回ぐらい見てるんですよ。見た日には必ず忙しくなるんですよ。福の神ですね」