2021年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。国際部門の第4位は、こちら!(初公開日 2021年5月9日)。
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田代良徳は元お相撲さんである。
玉ノ井部屋に所属し、しこ名は東桜山。幕下7枚目まで番付を上げたが、関取にはなれなかった。元大関・栃東(現玉ノ井親方)の付け人を長く務め、制限時間いっぱいで栃東が花道の奥を見遣ると、そこにはいつも田代の姿があった。
2007年の秋場所で引退。現在は…、現在は…何て言えばいい?(全2回の1回目/#2を読む)
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怪しくて、胡散臭い…かもしれない経歴
「それが問題なんですよねえ」
188cm、現役時代よりもなぜか15kg増えて180kg。1人で座っても2人がけソファが小さく見えてしまうほどの巨体をかがめ、田代は難しい顔をしてうなった。
「初めて会う人に『何をやってる方ですか?』と聞いた時に、こいつ怪しいな、胡散臭いなっていう奴いるじゃないですか。自分がそれになってるんじゃないかなって心配ですね」
インドでCMや映画に出演し、世界的モデルとファッション誌のグラビアを飾り、世界No.1テニスプレーヤーのぶつかり稽古の相手を務め、ウェブサイト制作会社の代表でもあったりする。
確かに怪しくて、胡散臭い。
「だから最近はわかりやすいことを言おうと思ってます。直近だと『ハリボーのコマーシャル見たことありますか?ああいうのやってます』って」
「ああいうの」の種類が多岐に渡りすぎているのだが、一介の幕下力士だった男がどうしてインドで映画に出演する(しかも作品に欠かせないメインキャストとして)までに至ったのか。
まずは足立区のスーパーからその話は始まる。
ある日届いた「力士役でCMに…」のオファー
現役を引退した後、田代は足立区のケーブルテレビの番組制作に短期間関わってから部屋の後援会関係者の経営するスーパーで働き始めた。
「お前は体がデカいから事務所で金の管理をしろ」と最初に任されたのは金庫番だった。ただの用心棒ではない。銀行とのやり取りなどを実際に体験し、世の中の金の流れや会社経営の実務を学んでいける最高のポジションだった。次第に売り場にもあれこれとアドバイスを出しているうちに、田代は店長へと抜擢された。店長としても、鮮魚コーナーのおっちゃんとの赤身中トロ大トロ論争、万引き主婦との廃棄レシートを巡る攻防などさまざまな出来事があったのだが、それはひとまず置いておく。
ある日、知り合いから「力士役でCMに出てくれないか」と仕事の依頼が届いた。現役の力士を起用しようと思うと本場所の開催時期は難しく、演出上もいろいろな制約が出てくる。田代は下手な力士よりも力士らしい体型を維持していたからうってつけの人材だった。