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 戦いそれ自体が非常に型破りなものでした。まず拳の応酬があり、そのあと相手が走って逃げだしたのです。父はそれを追いかけて捕まえようとし、背後から攻撃を試みました。生き残るのが最優先で、伝統的な技法は後回し。打撃は雑で、少々荒っぽかった。試合は3分ほど続きましたが最後に相手が仰向けに倒れ、父が馬乗りになって拳を構え、広東語で「参ったか? 降参か?」と叫びます。とうとう相手は「参った」と言いました。

勝ったのに敗者のように頭を抱えていた父

 みんなが帰ったあと、父は校舎の外の縁石に腰を下ろして敗者のように頭を抱えていました―父が勝ったのは明らかなのに。母が近づいて、なぜしょげ返っているのか訊きました。喜んでいて当然のところです。

 たしかに父は勝ちました。でも、勝利への満足に浸っている場合ではないと気がついたのです。それまで、父が演武で自分の技を披露したときは、「私に当ててみなさい」とか「私の拳を防いでみなさい」とか言っていたのでしょう。その挑発は自分の経験という快適な範囲を出るものではなかった。つまり、そのシナリオには何が起こるか一定の予測がついたのです。展開は限られていた。でも、この決闘はちがった。父はそれまでにない形で試されたのです。

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“何でもあり”のシナリオに備えられない

 まず、相手を部屋じゅう追い回すはめになりました。普通の戦いではありえない展開です。そのせいで息切れを起こしました。次に、逃げていく相手を後ろから攻撃するはめになりました。これまた武術においては誰も練習しない状況です。そして最後に、二人は伝統的な構えやルール、一定の打撃のやり取りを捨てていた。ノールールを要求したのは父でしたが、そこで起こる状況にまだ準備ができていなかったのです。

 この決闘で父は、自分について気がついていなかったことを知りました。なかでも、身体のコンディションが万全でなかったことを。誤解しないでください。父は身体を鍛えていましたが、それは武術の技を練習するなかで手に入れたものでした。さまざまな運動の鍛錬法を組み合わせたクロストレーニングもしていなかったし、純粋な体力づくりにも取り組んでいなかった。あの決闘後、詠春拳の伝統的な鍛錬では“何でもあり”のシナリオに備えられないと、はっきり認識したのです。それでも父は勝ちました。冷静さを失わず、打撃をくり出した。でもそれは即興の動きであり、場当たり的で、抑制も利いていなかった。考えるべきことがまだどれだけあるか、学ぶべきことがどれだけあるかを父は痛感したのです。