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2021/10/17

 大学時代から、水落には女性の交際相手がいたという。大阪偕星学園で働き始めた時も、福岡時代から交際していた女性がいた。彼女との関係がうまくいっている時期は球児に対する行為は行わなかったが、2020年4月に大阪に引っ越したことで福岡在住の彼女と遠距離恋愛になり、2020年の秋頃には交際が終了した。

 その時期と、生徒へのわいせつ行為がエスカレートした時期は、ぴたりと重なる。また、昨秋の大阪大会2回戦で敗れると、監督の指導に不満を持った選手が練習をボイコットする事件が起こり、外部コーチと寮監であった教師が不本意な形で「指導自粛」を部長から言い渡され、指導者が山本監督とふたりだけになったことも影響した。山本監督と共に指導する中で生徒の前で叱責されることもあり、ストレスが積み重なり、再び「自分の中で暴走が始まった」と打ち明けた。

3年生の引退試合で投げる水落

「被害者のひとりには、めちゃくちゃ酷いことをしてしまった、今まで自分がしたことの中でも一番酷かったですし、正直、自分自身で気持ち悪いと思っていたこともその子にはやってしまった」

 自ら陰茎を口に含んで弄んだA君のことを言っているのだろう。

 続けて大阪偕星学園で起こした事件の核心に迫ろうとすると、面会に立ち合っていた警察官に「事件の詳しい内容に関しては面会で話すことはできません」と制止され、水落へのインタビューは強制的に終了となった。

 翌々日、水落が強制性交等罪で追起訴された10月1日に再び面会に訪れた時も、水落と対面する直前に警察官から改めて釘をさされ、水落も口をつぐんでしまった。

野球部で「本部」と呼ばれている建物

「自分のような人間が教員になるのは間違いだった」

 水落は、後日送った支援者への手紙に、こう書いている。

「昔からの性癖によって、今回の事件を起こしたことは間違いありません。しかし、偕星に入った頃はやろうと思っていなかったのは事実です。ズボンを脱がして、直接触ろう、写真を撮ろうなど考えてなかったですし、教え子には絶対にやってはいけないと思っていました」

 そしてこう締めくくられている。

「自分のような人間が教員になるのは間違いだったと反省しています。教員免許も取り上げになりました。未成年の子と接する仕事や機会を今後避けて生活していけば、同じ事は起こさないと思います」(#3へつづく)

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