「変革」という最重要課題に銀行はどう立ち向かうのか。イノベーション改革を成功させているSMBCグループのトップ・太田純社長に、『文藝春秋』編集長・新谷学が未来を拓く新戦略について聞いた。
太田 純氏
三井住友フィナンシャルグループ
社長・グループCEO
新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長
ビジネスの基本はペインポイントの解決
新谷 お会いするたびに刺激をいただけるので、今日も質問をたくさん持って来ました。三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)は今後の方向性として、情報産業化、プラットフォーマー化、ソリューションプロバイダー化の3点を挙げています。特にソリューションはメディアにとっても大事だと思うので、まずここから教えてください。
太田 この先、社会のあり方や人の考え方、生活様式などが急速に変わっていきます。すると、対応できずに困る人が増えてくると思うんです。そうした「ペインポイント」をどうやって癒し、解決していけるかがビジネスの基本になると感じています。
新谷 具体的には、どんな事業を始めていますか。
太田 2021年4月にスタートした「エルダープログラム」は、高齢のお客様に必要なサービスをトータルに提供するプラットフォームです。高齢化社会になると、健康や家族関係、遺産や相続、事業承継などの問題が出てきます。そうしたあらゆるお悩みの種について、専任のコンシェルジュがご相談に乗っています。「マネー支援からライフ支援へ」が謳い文句ですが、家事代行やホームセキュリティ、無料の健康相談ダイヤルなどもあります。
新谷 こんなサービスが揃っていれば助かるな、という顧客の視点に立っていますね。2019年度の新卒採用サイトに〈かつては、銀行と呼ばれていた。〉とある通り、金融からはだいぶ離れています。
太田 以前も申し上げましたが、金融はGDPビジネスです。日本のようにGDPが伸びない成熟国家で、どう業績を伸ばしていくかを考えたら、旧態依然とした発想と組織体系とマインドセットでは駄目です。お金を預かったり貸したりするだけのビジネスから構造的に脱却しなければ、未来はないという強い危機感があります。
新谷 創刊100周年を迎えた『文藝春秋』にも、ソリューションジャーナリズムが求められていると思うんです。この国が抱える問題の解決に寄与するには、どんな役割を目指し、どう担うべきなのか。
太田 出版業界と金融界は似ている部分がありますね。もとより情報産業ですし、プラットフォームである点も同じです。
新谷 小誌にも、高齢の読者が多くいらっしゃいます。そうした方々が求めている医療や資産の運用などの情報を、『文藝春秋』というフィルターを通して発信することで信頼していただけたら、ありがたいと思っているんです。
太田 我々もまったく同じです。銀行がやっているなら間違いないだろう、という信用は大きいですよ。
大規模RPAの導入で作業時間を8割削減
新谷 社内のソリューションがうまくいったという例は?
太田 生産性の向上を狙いとして「ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)」を導入しました。人間の仕事のプロセスそのものをロボットに合う形に置き換えていったんです。たとえば営業担当者が、訪問する顧客向けのリポートを毎朝手作業で作成していたのをRPAに代替させました。担当者はリポートをチェックするだけで済むので作業時間が8割も削減できた。そうやって3年間で350万時間という削減目標を上回り、1750人分の仕事をロボットに置き換えました。
新谷 その分の人材を、別の仕事に回せますね。
太田 このくらい大規模にRPAを導入したのは世界でも3社だけだそうです。「それなら、RPAを入れたいけれども困っているお客様がたくさんいらっしゃるだろう」と考えて、RPA導入をサポートする新会社を作りました。
新谷 それもまた金融とは関係ない事業ですね。以前から「社長製造業を目指す」と話されていますが、新規事業の会社はいくつになりましたか。
太田 10社目として、広告会社を立ち上げました。
新谷 収益面はどうですか。
太田 まだ微々たるものですが「収益ばかり意識するな」と言っています。「まず会社の価値を上げることを考えて、ベンチャーなんだから収益はゆっくりでいいよ」と。
新谷 それは素晴らしいですね。改革と言いながらすぐに成果を求めると、どうしても中途半端になりますから。これだけの改革を推進している社員10万人の巨大組織は、類を見ないと思います。本店のドレスコードを止めたことでジーンズやTシャツで出社する社員がいたり、カラを破ることを楽しもうとされていますが、改革を大胆に推し進めるほど、不平や不満も出てきませんか。
太田 おっしゃるように、改革や変化はペインです。本来、人間は変わりたくない生き物ですから、何か新しい指示を出すと、できない理由を探してきます。人が足りないとか、規制があるとか、昔やったけど失敗しましたとか。できない理由を見つけると安心してしまうんです。
新谷 嬉しそうだったりするから、困ったものですよね。
太田 だからいつも「どうやったらできるかを考えろ」と言います。変わらなければ生き残れないという危機感を、どれだけ強烈に持たせられるかが重要です。「不作為は罪だぞ」とか「あなたが当事者ですからオーナーシップを持ってください」と言い続けることが大事だと思っています。
新谷 すべて我が社の話として跳ね返ってきます(笑)。
太田 成功体験が強烈で、当事者意識がなく、不作為の習慣が身についていて、危機意識がない。この4つが根強くある状況では、物事は変わりません。変えるには、まず危機意識からです。強烈な成功体験をもつ部門には特に無理難題をぶつけてみたり(笑)。
新谷 前にお会いしたとき、大乱世のリーダーに必要な資質についてお尋ねしたら、「ストレス耐性があること。変化を楽しむこと。失敗を恐れないこと」というお答えでした。
太田 「ストレス耐性って何ですか」と訊かれるので「命を取られるわけじゃないし、もっと明るく前向きにやったらどう?」と答えるんです。みんな深刻なんですよ。失敗したらどうしようという心配が先に来てしまうので、やたらと時間をかけるのですが、そちらのほうがよっぽどいけません。時間をかけて最後に失敗したら目も当てられない。
新谷 「失敗するなら早く!」とおっしゃっていますね。
太田 私自身、失敗しながら育ててもらいましたから。
新谷 プロジェクトファイナンスを担当されていた、20代の頃のお話ですか。
太田 はい(笑)。国際事業部門のヒラ行員だったとき、カリフォルニアのモハベ砂漠で風力発電所のプロジェクトを手がけました。ところが風は吹くのに、120基も並べた風車が回らない。風は、木の間なら抜けていきますが、森になると上を通過してしまうんですよ。予定した出力を下回ったので損害が出たのですが、私は次の挑戦の機会を与えてもらいました。なので、若い人を同じように育ててあげたい気持ちがあります。怒らずに、失敗を認めたり、励ましてあげることが大事です。
新谷 太田さんは、どういうとき怒るんですか。
太田 変わらないときに怒ります。高齢者向けのサービスを考えろと言ったら、高齢者向け投資信託というプランが上がってきたので「それじゃ駄目だ」と怒りました(笑)。
社会的な価値を創造していかに社会に還元するか
新谷 2020年から、「カタリバ」という若手社員とのランチミーティングを続けていらっしゃいますね。
太田 月に2回ぐらい5、6人ずつなので、延べ100人は超えています。コロナで中断していましたが、今日もやってきました。出張先でもやりますし、明日はシニア層を集めます。改革は、若い人の専売特許ではありませんから。
新谷 100人の意識が改革マインドに変われば、そこを起点に広がっていくでしょう。
太田 まず私が100人を変え、その100人が100人ずつ変えていけば、1万人になります。
新谷 「カタリバ」では、どんな話が出てきますか。
太田 今日は、「プロミス」を展開するSMBCコンシューマーファイナンスの社員が来ていました。独自にやっている金融リテラシー教育を進めて、「漢検のように、金融1級みたいな検定制度を作りたい」というんです。
新谷 それは面白いです。
太田 「社会貢献の一環としてやってみたら?」という話をしました。毎回いろいろな話が出てきますよ。
新谷 無理だと思っていたアイディアが実現すれば、モチベーションが上がりますね。
太田 銀行には向かないとか、いまのポジションではできないとか、諦めているプランを拾い上げてやらせてあげると、目つきが変わります。変化はチャンスで、夢のある仕事をさせてあげましょうと言っているわけですから、楽しまないと損です。特にいまの若手は仕事を通じて社会にコミットしようとする意識や関心が強い。いいことだと思います。
新谷 SMBCグループは、SDGsや環境問題などの社会貢献に、グループ全体で力を入れている印象が強いです。
太田 これまで企業のバリューは、収益や時価総額などの経済的価値で測られてきました。今後はそれだけでは駄目で、いかに社会的価値を創造して社会に還元するかが、バリューを決めるメルクマールになるでしょう。逆に言えば、社会的な価値を創造しなかったり毀損したりする企業は、経済的価値を追い求める資格をなくしていくはずです。
新谷 渋沢栄一の『論語と算盤』で言えば、算盤だけでは駄目ってことですね。
太田 その通りです。
新谷 失敗を恐れないチャレンジでは、アジアでの展開が積極的ですね。
太田 GDPが大きくなりそうなアジアの国に根を下ろし、そこに第2、第3のSMBCグループを作っていこうというマルチフランチャイズ戦略を実行しています。インドネシアの銀行のほうがデジタルは進んでいたりしますので、こちらが教えられるといった逆輸入の恩恵もあるんですよ。今後も質的なものを維持しながら、さらなる量的拡大ができると考えています。
新谷 なるほど。成長できる道はまだまだあるんですね。
Text: Kenichiro Ishii
Photograph: Miki Fukano