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颯太くんは学校にほとんど行っていなかった

 微笑ましい大家族に見えた一家だが、近隣との仲は疎遠だった。颯太くんは学校にはほとんど行かず、親しい友人もいなかったという。

「引っ越してきた小学校5年生の頃に1ヶ月程学校にきて、それからはずっと不登校でした。息子がいうには『颯太くんちはママに赤ちゃんができたから、面倒を見ないといけないんだ』って。虫歯もたくさんあって、歯医者にも行けていなかったようなので、よほど大変な時期だったのかもしれません。

颯太くんの通っていた小学校 ©文藝春秋 撮影:上田康太郎

 運動会も修学旅行も参加せず、小学校の卒業アルバムも写真すらなく名前だけ。子ども会に勧誘しても『うちは子どもが多いから』と断られてしまった。中学になっても不登校が続きました。颯太くんだけでなく、きょうだいも皆学校に来ていない。どうも学校に不信感があったみたいで…」(颯太くんの同級生の保護者)

 颯太くんの地元中学は、全校生徒100人程度。

 複数の保護者や卒業生が「イジメもなく、不良生徒もいなかった」と証言する。

颯太くんが通っていた中学校 ©文藝春秋 撮影:上田康太郎

「無理に学校に行かなくてもいい」という声も強かった

「これまでにも『子どもを学校に通わせないのはおかしいのでは?』とある親御さんが先生に声をあげたこともあります。ですが、今は『無理に学校に行かなくてもいい』という声も強く、自主性を重んじる時代。先生も『無理強いはできない』と嘆いていました」(同前)

 事件後、県警は自宅周囲の防犯カメラのデータを押収。近隣では一家と周囲にトラブルがなかったか聞き込みをするとともに、現場でも入念に鑑識作業が行われていた。

事件を捜査する久喜警察署 ©文藝春秋 撮影:上田康太郎

「颯太くんというより、近隣住民と一家との間ではトラブルが多々ありました。学校にいかないで、夜中の2時くらいまで子どもたちが騒いでいたから、近所の住民が通報し、警察も何度か来ていました。金銭面でもだいぶ苦労していたようで、駐車場代が1年近く未納で、地主さんが悩んでいた。もう少し地域や学校が一家と交流がとれていたら、颯太くんの異変に気づけたのかもしれない。残念で仕方がありません」(地元住民)

 15歳の少年の非業の死。事件の早期解決が望まれる。

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