「多様な働き方」ができる自治体として、石川県小松市が全国1位にランキングされた。人口10万人以上の市と特別区について、東京大学と日本経済新聞が通勤時間など8項目を点数化したところ、合計がもっとも高かったのだ。

 小松で働く魅力はどこにあるのか。出産を機に東京から移住し、フリーの編集者などとして働くかたわら、市内で初めてのコワーキングスペースを開いた瀬尾裕樹子さん(35)に話を聞いた。実は瀬尾さんは、非常にユニークな働き方をしてきた人だ。

EAT LABを経営する瀬尾裕樹子さん ©上田順子

会社員時代には『ビール女子』というブログで情報発信

――生まれはどちらですか。

瀬尾 神奈川県川崎市です。川崎といっても実家は野山が開発された住宅地にあり、スタジオジブリ制作のアニメ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』のような自然が残っていました。泥んこになって遊びましたね。ただ、同じような時期に建てられた家に、同じような勤め人の家族が住んでいて、ある意味では均質化された地区だったかもしれません。

――最初の職場はクラフトビール(地ビール)の会社だったそうですね。

瀬尾 長野県の信州大学で生化学などを学び、知識が生かせると思ったのです。食品にも関心があり、群馬県嬬恋(つまごい)村で「嬬恋高原ビール」を醸造している会社に就職しました。

 当時はスノーボードのアルペン競技をしていて、スキー場に近いのも就職先を決めた理由でした。ところが、冬期の競技シーズンに遠征費などで年間の収入を使い果たしてしまうような暮らしになり、生活を一度見つめ直そうと4年弱で退職して川崎の実家へ戻りました。

――ビールとの付き合いは、その後も続いたのですか。

瀬尾 会社員時代に『ビール女子』というタイトルでブログを書き始めました。クラフトビールが私の思っていた以上に知られておらず、会社が経営するレストランで「普通のビールはないのか」と注文する人までいました。そこで自分なりに発信したいと思ったのです。でも、うんちくを語るのではなく、ファッションのようにカジュアルにビールを楽しむ人が増えたらいいなと、あえてタイトルに「女子」と付けました。

 その頃、東京でやはり『ビール女子』というタイトルで発信しようと考えていた同世代のグループが連絡をくれ、一緒になって私のブログをウェブメディアに発展させました。これが投資家の目にとまり、2014年にスタートアップ企業の事業部になりました。しかし、「1人事業部」の「1人編集長」という形だったので、とにかく忙しかったですね。スノーボードをする時間もなくなりました。

©上田順子

出産後4カ月で思い切って小松市へ移住

――その後はフリーランスに転身されたのですか。

瀬尾 2年後の2016年、『ビール女子』を会社に置いたまま独立しました。ビールや食に関してウェブメディアに掲載する内容のディレクション(企画や制作指導)などに取り組み、さらに忙しくなりました。クライアントの期待に応えないといけないというプレッシャーもあって、円形脱毛症になったほどです。

 一方、個人生活にも変化があり、大学時代に知り合った夫と結婚しました。夫はデータの分析やマーケティングの仕事をしていて、私と同じタイミングで独立しました。

 そして2018年7月に長女が生まれました。

――これが転機になったのですか。

瀬尾 当面の仕事はある程度絞り、子供の成長に合わせて少しずつ戻していこうと考えていたのですが、現実問題としてはシビアでした。このため、出産後4カ月で思い切って小松市へ移住しました。というのも、夫が小松市の出身で「いずれは帰りたい」という希望を持っていたからです。

――早い決断でしたね。

瀬尾 結婚後に住んだのは東京都大田区の羽田空港の近くでした。小松市にも小松空港があり、飛行機だと東京の家から夫の実家までは約2時間しかかかりません。「ゆくゆく小松に帰るのなら、定期的に通おうよ。航空券も早めに取れば安くなるし」と話し合って、1年に10回ぐらいは土日の休みもからめて3~4日ずつ帰りました。このため小松がどんなところなのか、年間を通じて知っていたのです。

 夫には当時、東京の会社で週に2~3日常駐しなければならない仕事があったのですが、小松から通うことにしました。

――住んでみた小松はどうでしたか。

瀬尾 外から見ると、建設機械メーカーなどの製造業のイメージが強いと思いますが、住めば住むほど文化の奥深さが感じられるまちでした。

 たとえば、江戸時代に小松城へ隠居した加賀前田家の第3代利常公が、裏千家の始祖となる仙叟(せんそう)を召し抱えるなどしたため、茶道が根付きました。市民茶会が開かれているほどです。そうした文化は産業に結びつき、小松市などの加賀地方には九谷焼の窯が多くあります。繊維産業は利常公の頃から盛んです。

「多様な働き方」のランキングでは1位になりましたが、小松には豊かな文化に基づいた、技術の高い、多様な産業があるのです。

EATLABの店内 ©上田順子

使われ方は次第に変化しています

――コワーキングスペース開設の目的は?

瀬尾 「EATLAB(イートラボ)」という名前で、シェアキッチン機能のあるコワーキングスペースを設けました。私は編集、夫はマーケティングという仕事で、リアルな物を作っていない分、製造業のまちではなかなか理解されません。そこで、私たちの「表現の場」という意味も込めて設立しました。小さいメーカーが支えている小松独特の食文化に貢献できないかという考えもありました。

「食のラボ」という意味では、料理教室で使ってくれた人もいました。飲食店をオープンするまでの間に試作品を作っている人もいます。ただし、使われ方は次第に変化しています。

――思いも寄らなかった方向に進んでいるのですか。

瀬尾 小松では今、自分の仕事をいかして面白い仕掛けをしたいと考える人が顕在化しつつあります。私たちが関係したものづくりの現場見学のイベントで出会い、勉強会を始めた人もいます。

 そうした人がつながる場というか、拠点というか、ラウンジのようなたまり場として使われていったらいいなと思っています。そのような使い方は全く考えていなかったのですが。

都市部ではありえないなと驚きました

――小松では2人の仕事にも変化が生じましたか。

瀬尾 スキルを地域の産業にいかしたいと考えていたのですが、私たちが力を合わせると、地域の魅力を物語やデータとして掘り起こし、見える化できると分かってもらえました。九谷焼の組合の将来ビジョンや小松市の新交流ビジョンをつくるお手伝いをしています。

――2人目が生まれたそうですね。

瀬尾 そうなんですよ! 長男が3カ月前に生まれました。

 小松市は子育て支援制度が充実しています。上の子は移住してすぐに保育所が見つかり、都市部ではありえないなと驚きました。仕事を続けるのに本当に助かりました。

 それから、これは小松市に限ったことではないのですが、加賀地方には海から山まで全部あります。小松の中心部からだと車で15分ぐらいで海。反対側に20~30分も走らせると山です。手軽にキャンプやスキーが楽しめて、子育て環境としても抜群だと思います。

 こうした素晴らしさを含めて、今後も地域の情報を発信していきたいですね。

©上田順子

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 小松市の魅力は、子育て環境のよさだろう。保育施設が充実しているので待機児童はゼロ。高校卒業までの医療費も所得制限なしで窓口負担がゼロだ。子どもの予防接種無償化、中学生の学校給食費無償化も実施された。

 今年7月からは、生後3カ月~1歳の子がいる保護者を対象に、見守りを兼ねたおむつの宅配制度が始まる。出産祝い金は妊娠中から母子健康手帳を交付された段階で5万円の「おなかの赤ちゃん給付金」が支給されている。

 これらの手厚さに加えて、多様な働き方ができるとあって、若手ファミリー世代の注目度が上がっている。

提供:小松市