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「あなたを残して死ねないの」野村沙知代さんが克也氏に語っていた死生観

文春野球コラム ウィンターリーグ2017

2017/12/08
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沙知代さんは「88歳の正月に死ぬ」と語っていた

沙知代 七十、八十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返す。そんな生き方がいいんじゃない?

克 也 でも、そのときは俺はいないから。

沙知代 いたっていいですよ。結局、女にとって男は当たりか当たりでないかだし、男から見たら女も当たりかそうでないかですよ。

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克 也 男も女次第なら、女も男次第か。俺たちは両方で大当たり。昔、唄子・啓助の『おもろい夫婦』って番組があったな。

沙知代 あれに出られないのが残念。今、出たら最高の視聴率をとるんじゃないかしら。さあ、この世を去るときは、「後は野となれ山となれ」ですよ。

 一方、脱税騒動の渦中である02年に出版された『女房はドーベルマン』(野村克也・双葉社)には、両者のこんな対談が掲載されている。

 私、インドの高名な占い師に観てもらったら、八十八歳の正月に死ぬらしいの。一月一日から十五日までの間、いずれかの土曜日の朝にあの世に呼ばれるらしいのね。

 よく当たるらしいな。

 そうなんですよ。でも一月というのが嫌なの。寒いでしょ。誰も命日にお墓参りにきてくれなくなってしまうんじゃないかしらね。だから、もう少し先に延ばしてもらって、春先の五月、そよ風が吹く気候のいいときに死にたいと思っているのよ。占いの先生になんとか先に延ばす方法はないものか、と頼んでいるところなの。

ヤクルト黄金時代はサッチーのおかげだった……

 残念ながら占いは外れ、予言よりも3年も早くその死は訪れることとなってしまった。書店に行けば、いわゆる「ノムさん本」があふれている。その多くは弱者が強者に立ち向かうための兵法であり、組織論であり、人生訓ばかりである。しかし、そこに「沙知代夫人」が登場すると、「稀代の名将」も急に、「尻に敷かれる恐妻家」へと変貌する。「野球本コレクター」でもある僕は、数あるノムさん本の中でも沙知代夫人が登場する本が大好きだ。

 沙知代夫人との問題でノムさんが南海ホークスを解任されたのは事実だ。また、前述した脱税事件により、ノムさんは阪神タイガースの監督辞任を余儀なくされている。この事実だけを見れば「恐妻」ではなく、「悪妻」と呼ぶべきなのかもしれない。しかし、90年から98年まで9年間のヤクルト監督時代には4度のリーグ制覇、3度の日本一に輝き、その陰にはサッチーの内助の功があったのも事実である。

 野村克也監督の下で、15年ぶりの日本一に輝いた93年秋に出版された『女は賢く 妻は可愛く』(野村沙知代・海竜社)には、夫のためにさまざまなゲン担ぎをする沙知代夫人の姿がいくつも描かれている。こうした文章を読むたびに、僕はつくづく思うのである。

「90年代のヤクルト黄金時代は、ノムさんのおかげであり、それを支え続けたサッチーのおかげなのだな……」

 思えば、14年ぶりの優勝を決めた15年の優勝決定戦にも、ノムさんとサッチーの姿は神宮球場にあった。稀代の名女房役を支えた真の女房役が逝った。謹んで、その死を悼み冥福を祈りたい。合掌――。

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