4年前、8歳と4歳の娘を抱える16歳年下のシングルマザーと入籍して55歳で2児の父に。さらに妻の仕事の都合から、一家揃って暮らす前に発達障害児の長女とふたりだけの共同生活を送った漫画家・渡辺電機(株)さん。

 その半年におよぶ日々を描き、noteで発表してきた漫画『55歳独身ギャグ漫画家 父子家庭はじめました』が、『父娘ぐらし 55歳独身マンガ家が8歳の娘の父親になる話』(KADOKAWA)のタイトルで単行本化された。

「描くのがイヤでイヤでしょうがなかった」エピソード

 漫画家生活30年超を誇る彼にとって初のエッセイ漫画となるが、本人としてはエッセイの要素は強くないという。

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©深野未季/文藝春秋


「言いたいことありきのエッセイじゃなくて、面白いエピソードを切り取ってお話にしているだけ。エッセイよりも私小説に近いと思っているので」

 “エッセイよりも私小説”の感覚が「55歳で父親に」という一大事を扱いながらも重苦しさを感じさせない空気感を醸し出す。担当編集者の山崎旬さんは、ベテラン漫画家ならではの目線と力量が従来のエッセイ漫画にはない“新しさ”を生んだと分析する。

「エッセイ漫画って、主婦や会社員といった漫画が専業じゃない方が描いているものがほとんどで。逆にそれが味になって、共感も生むんですけど。渡辺さんはプロだから、物語の組み立て、エピソードの切り取りが圧倒的に巧い。

 そこに、そもそも育児漫画では少ない男性の目線、しかも55歳で子供ができて、というのが加わっているわけですからね。こういうのは、ほんとに読んだことないなって」

 ほっこりとしたエピソードが詰まった本作。そのなかでも反響が大きかったのは、渡辺さんが「描いていて恥ずかしかった」ものに集中した。

「たこ焼きを食べているアユに寄りかかられて、『おれを信頼しきって 全身をあずけて来る 小さなぬくもり』なんてしみじみする場面が第1話にあって。あそこは描くのがイヤでイヤでしょうがなかったんですけど、そういった自分でも恥ずかしいところにかぎって、なぜか反響があるんですよ」(渡辺さん、以下同)

父娘ぐらし 55歳独身マンガ家が8歳の娘の父親になる話』(KADOKAWA)より

 その一方で、子育ての厳しさに向き合ったエピソードも引きが強かったそうだ。