「好きな人もアンチも含めて見たくなる」広瀬すずの才能
2018年、『かんさい情報ネットten.』という読売テレビの情報ニュース番組の中の「恩人 あなたの恩人は誰ですか?」というコーナーで、広瀬すずが李相日監督の名を挙げてゲスト出演したことがある。そこでは広瀬すずが『怒り』の撮影で李相日監督から受けた影響が語られ、番組の最後では李相日監督がそれに答えるように広瀬すずについて語る映像が流れる。
「彼女の中で何をそう思ったのか逆に聞いてみたい」。恩人、と名指されたことに困惑し、照れているようにも見える李相日監督は「どこか自分のエネルギーだけを頼りに演じることに走ってしまう」と当時の広瀬すずに苦言を呈した理由を説明している。
実は、2016年の『怒り』と2022年の『流浪の月』では、李相日監督は広瀬すずに対してほぼ真逆のアドバイスをしている。『怒り』ではエネルギーと直感に頼る広瀬すずに対して「考えること、相手を想像すること」を教えた。
『流浪の月』では、広瀬すずが『日曜日の初耳学』の未公開インタビューで語ったように、湖のシーンで考えに縛られて感情を見失いかけていた彼女にかけた「1回頭で考えずに水に入ってこい」というアドバイスで、ひとつのきっかけを与えている。それは広瀬すずの成長と変化によるその時々の課題に李相日監督が与えた答えなのだろう。
『怒り』の沖縄の海と『流浪の月』の湖。李相日監督は原作『流浪の月』の動物園の場面を、「二人をつなぐもの、記憶を呼びさますものとしての水の存在」を求めて湖に変更したとシネマトゥデイのインタビューで語っている。
「Be Water(水のようになれ)」が、ブルース・リーによる武道の真髄から香港政治運動のスローガンまで使われるように、水という生命の根源にかかわる直感的な存在は、同時にコンピューターで再現すれば膨大な流体力学をふくんだ論理的な存在でもある。論理と感情の間で揺れながら成長する広瀬すずには、その時々に彼女を包む水が必要だったのだろう。
「世界中が停電になっても彼女が発電しているんじゃないかっていうような、地熱発電のようなある種のエネルギーというか、魂の力強さみたいなものが彼女の存在感を生んでいるのかもしれない」「決定的なことだと思うんですけど、いいも悪いも含めて人の記憶に残る(中略)演技がうまいとか下手を越えて、好きな人もアンチも含めて見たくなるというか(中略)気になる存在であることが掛け値ない才能なんじゃないですかね」
前掲の2018年のテレビ番組コーナー『恩人』へのインタビューコメントで李相日監督はそう語る。これほど広瀬すずという、大衆にハリケーンのような賞賛と反発を同時に巻き起こす俳優の特異性を的確に表現した言葉を他に知らない。李相日作品が俳優に魔術にも似た効果をもたらすのは、彼のズバ抜けた人間への視線が成し得ることなのだろう。
新宿バルト9での舞台挨拶は、李相日監督が広瀬すずに4日ほど早い誕生日の花束を渡し、互いに「三度目」の約束を交わして終わった。広瀬すずは海外公演も予定されている野田秀樹の舞台『Q』の再演にのぞむ。『流浪の月』もまた、日本公開のあとは今秋より韓国公開が控えているという。
広瀬すずは再び共感と反発が渦巻くスターダムの中心に戻り、李相日はまた別のどこかで別の俳優と、世界の中心から疎外された人々の物語を作り始めることになる。そして中心と周縁に分かれた2人が約束通り、再び未来で出会うことがあるなら、そこにはきっとまた、新しい広瀬すずの代表作が生まれるのだろう。
2つの才能は水のように流浪し、そしていつかまた出会う。それが日本国内であるにせよ、あるいはこの国の外であるにせよ。