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――先程のお話にもありましたが、木村さんご自身も学生時代と林務官時代にヒグマと接近遭遇されています。ヒグマが近くにいるときというのは、どんな気配や匂いがするものなのでしょうか。

木村 遭遇したケースによりまちまちなのですが、言葉では形容しがたい、一種異様な臭気がしたような記憶があります。気配については、ヒグマがいそうな場所では、やはりかなり緊張していますので、そのせいで過敏に気配を感じ取っていることもあると思います。何かの気配を感じても、実際には、ヒグマはいないということもある。

――今年で三毛別羆事件の発生から100年が経ちましたが、今年1月にも北海道標茶町で森林の伐採作業をしていた男性がヒグマの被害にあっています。今回の文庫化にあたり、『慟哭の谷』の内容に加えて、木村さんの別の著書『ヒグマそこが知りたい 理解と予防のための10章』から、ヒグマが人を襲ったケースを検証した二つの章を特別収録していますが、こうした悲劇を避けるためにどうすればいいのでしょうか。

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木村 まず、これは世間的に大きな誤解があるところなのですが、「ヒグマは冬は冬眠しているから警戒しなくてよい」というのは間違いです。むしろ、冬のほうが危険といえるかもしれません。ヒグマが冬眠する巣穴は、山奥ではなく、むしろ林道など人里に近いところに多い。しかも冬眠といっても、熟睡しているわけではなくて、言ってみれば半覚醒状態で、近くで大きな物音がすれば、当然起きますし、なかには、巣穴から半分身体を出して冬眠しているのもいます。最近では、スノーシューなどを使って、冬山を歩き回るレジャーもありますが、例えば木の下部に穴が開いているのを見かけたら、絶対近寄るべきではありません。

 夏の場合であれば、熊鈴を持って歩くのは当然として、もうひとつお勧めしたいのは、蚊取り線香を腰から吊るすことです。ヒグマに限らず熊というのは、目はあまりよくなくて、耳と鼻で状況を確認します。けれど熊鈴だけですと、例えば渓流や滝など水音によってかき消されてしまうケースがある。そんなときでも、蚊取り線香の匂いがすれば、熊は人間の存在を察知して、避けてくれます。

 人間の存在に気づけば、熊は自分から先に避けます。人間だと分かっていて、向かってくるのは、まずいません。

 ということは、熊と人間の不幸な事故は、99%人間の側に責任があるといってもいいかもしれません。日本は国土の約70%が森林におおわれた森林国です。そうである以上、熊についての正しい知識と対策を学ぶことは、非常に大事なことです。事件から100年という節目の年に文庫という形になった本書が、その一助となれば、著者としてこんなに嬉しいことはありません。そうなってこそ、不幸にも事件により亡くなられた方たちの魂も慰められるのだと思います。

木村盛武/1920年生まれ。1939年小樽水産学校卒業、1941年北海道庁林務講習修了、林務官となり、道内2営林局、7営林署4担当区に勤務。苫前村の担当となった際に三毛別事件の取材を始める。1980年退官。野生動物研究のかたわら、執筆活動に入る。著書に『慟哭の谷』『ヒグマそこが知りたい 理解と予防のための10章』『春告獣』などがある。