「ようこそ、ミスター・ファンタジー/曲を聴かせておくれよ/僕らを幸せにしておくれ/僕らを幸せにするような曲を」「僕らをこの憂鬱な状態から抜け出させてくれるようなものをやってくれ/歌を歌って、ギターをプレイしてくれ/スナップを利かせて」
この歌詞がシチュエーションとばっちり合っているのと、ふたりが暇を潰すためにやっているゲーム(ペーパーフットボール)が、まさにその「スナップ」なんです。歌詞の「snappy」というのはもちろんギターのことを言っているんですけど、「snappy」と「スナップ」がちゃんと合っている。
高橋 この「snappy」は、サノスの「指パッチン」(通称:The Snap。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』の劇中では「The Blip」と呼ばれている)にもかかっているんでしょうね。
添野 ああ、たしかにそうですね!
高橋 「Dear Mr. Fantasy」は、エンターテインメント稼業の儚さを歌った曲と言われていますが、この文脈での「ミスター・ファンタジー」はトニーのことを指しているのではないかと。映画鑑賞後に歌詞を読み直すと、どうしても彼が辿る運命をほのめかしているように聴こえてくるんですよね。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』におけるエレクトリック・ライト・オーケストラ「Mr. Blue Sky」とヨンドゥの関係を彷彿とさせる選曲といいますか。
添野 トニーはずっと「子どもが嫌いだ」って言い続けていたんですけど、実は劇中で子どもと対峙する場面では、ちゃんと対等に話をして向き合っている。つまり本質的に「子ども好き」なトニーの性格が常に描かれているんです。トニー自身がちょっと子どもっぽいというのもありますが、相手が小さい子だからといって抑圧したりしないのが彼のいいところだと思うんです。
ネビュラという、子どもの頃から世間から切り離されて殺し屋として生きてきた人と一緒に遊んで、「これはゲームなんだから楽しまなきゃダメだし、勝ち負けだけが問題じゃないんだよ」と教えることで、それが彼女の教育になっている。「ネビュラは実はいい子なんだ」というセリフにも、トニーの性格が出ています。彼の子ども好きな性格は、『エンドゲーム』の最後の方でもう1回、生きてくるわけです。そのへんもすごく考えて選んでいるんだと思いますね。
ところでこの曲って、宇宙船のどこから流れていたんでしょうね? Zune(ヨンドゥが所持していた音楽プレイヤー)に入っていたのかな……。
現実からの避難場所
添野 キンクスの「Supersonic Rocket Ship」。ハルクとロケットがミラノ号と、軽トラックを乗り継いでノルウェーのニュー・アスガルド村に行くシーンで流れる曲です。トニーとスティーブ・ロジャースが感動的な和解を果たしたシーンのあと、「チーム全員を集めよう」と盛り上がり、玄関脇でスコット・ラングがタコスを食べているシーンから曲が聴こえてきます。あの落差がすごくおかしいですよね。
高橋 まさに緊張からの緩和。牧歌的な「SupersonicRocket Ship」が流れてくるタイミングが絶妙です。しかし、トラフィックに続いてキンクスがくるとは……。めちゃくちゃしびれました。
添野 トラフィックとキンクスはイギリスのカントリーロックという点で似たようなバンドという感じもあるし、「よく考えたな!」と思いますね。「Supersonic Rocket Ship」は、1972年のアルバム『Everybody's in Show-Biz』に入っている曲です。これも別にヒット曲でも何でもないんですよね。
ハルクとロケットが小さいトラックに乗っていると田舎の漁村のようなニュー・アスガルドが見えてきて……斜めがけのカバンのハルクがかわいいとか、ユーモアのある描写がいっぱいあって、その雰囲気が本当にキンクスらしい。