『アベンジャーズ』シリーズなど数々のスーパーヒーロー作品を量産してきたマーベル・スタジオ。最近はヒーローやヴィラン(悪役)の強さ・能力のインフレが甚だしく、虚構と現実の境界が曖昧な「メタフィクション」や「マルチバース(多元宇宙)」で時空間をも超える闘いが繰り広げられている。だが、事ここに至ってはこの先どんな展開が残されているのか……。その一つの答えが『ムーンナイト』(Disney+で配信中)だ。新たなヒーローが対峙する相手はなんと“自分自身”なのである。

 主人公のスティーヴン・グラントは睡眠障害に悩まされる気弱な男。毎晩、自らの足をベッドに拘束して就寝する。眠っている間に自分が妙な行動をしないよう自分で自分を見張っているのだ。朝、異変が無いことを確認し、安堵して職場の博物館内のギフト店へ行くと同僚の女性から

「明日の7時だけど大丈夫?」

ADVERTISEMENT

 と身に覚えのないデートの約束を確認される。しかも自分はヴィーガンなのにステーキ店を予約しているとか。さらに翌朝は、ロンドンにいるはずがなぜかアルプスの草原で目覚める。しかも顔を殴られた状態で。夢かと思いきや突然の銃撃! 慌てて追っ手を振り切ると謎の男からある物を返せと要求される。もう訳が分からないが、ここからさらに驚きの展開に。男たちに取り囲まれ一瞬気を失うスティーヴン。ふと気づくと彼の周りには血まみれの死体が転がり、右拳には鮮血が。どうやら自分が彼らを殴り殺したらしい……。まるで映画『メメント』や『ファーザー』のような展開が続くのだ。

©佐々木健一

 彼は解離性同一性障害を患い、複数の人格を持つダークヒーロー。自分の中に巣くう“もう一人の自分”が厄介な相手であり、恋敵になったり、頼れる相棒になったりもする。

「自分とは何者か?」を巡る探究は、実はヒーロー作品に無限の広がりを与えるブルーオーシャンなのかもしれない。