2011年に米タイム誌は歴史上、最も勇敢な「動物の英雄」ランキングを発表した。人間の命を救うなど目覚ましい活躍をした警察犬や救助犬、イルカなどが選ばれる中、堂々1位に選ばれたのは「トーゴー」という名のシベリアン・ハスキー。この英雄犬の逸話を描いた映画が『トーゴー』(ネットフリックスで配信中)だ。犬の名は日露戦争でロシア・バルチック艦隊を打ち破ったあの東郷平八郎にちなんで付けられたという。
約100年前の1925年冬、極寒のアラスカ州の街ノームでジフテリアが大流行し、多くの子供たちが感染。一刻も早く血清療法を施さねば多くの命が失われる事態に見舞われた。だが、猛烈な雪嵐が接近し、飛行機で血清を空輸することができない。鉄道は動かず、海も氷で閉ざされ船も使えない。血清がある街フェアバンクスまでは往復で約1000kmもの道程。ならば、どうするか。
町長が犬ぞりを生業とするマッシャー(操縦者)のレナード・セッパラを訪ねる。
「やはり犬ぞりしかない」
意を決したセッパラは相棒のトーゴーに語りかける。
「あと1回付き合ってくれ」
トーゴーはリーダー犬だが、すでに12歳。老犬だ。だが、彼らは猛吹雪の中、命懸けの旅へと向かうのだ。
本作は「ノーム血清走行」として今も語り継がれる実話を基にしている。通常はひと月ほどかかる道程を、総勢20チームの犬ぞりリレーによってわずか5日半で街まで血清を運んだ。だが、この逸話は長らく歪んだ形で後世に伝わっていたという。ニューヨークのセントラルパークにはこの血清リレーの記念碑が建てられているが、そこには「バルト」という名の犬の銅像が……。さらに、1995年にはこの題材を扱ったスティーブン・スピルバーグ製作総指揮のアニメ映画『バルト』が公開されている。実は最後の区間で血清をノームの街へ届けたチームのリーダー犬がバルトだった。それを見た新聞社の記者がこの犬を“英雄”として報じ、それが定着してしまったという。では実際には何が起きていたのか。
驚くべきデータがある。リレーに参加した各犬ぞりチームの平均走行距離は約50kmだが、ある一チームだけ8倍以上の425kmもの距離を走破した。それがセッパラとトーゴーのチームだ。しかも彼らはノートン湾の氷上を横断する危険なルートを選択。陸路なら150kmの距離だが、氷上を走れば30kmに短縮できる。だが、いつ氷が割れて真冬の海に落ちるか分からない。まさに命懸けで血清輸送を行ったのだ。しかし、過酷な決死行の代償は大きく、トーゴーは足を痛め、これが最後の犬ぞりとなった。
後日談も興味深い。米国本土では新聞報道を受け、バルトが英雄犬として持て囃されたが、“真の英雄”を知る世界中の犬ぞり関係者はトーゴーの血統を求めた。その後、ブリーダーがトーゴーの子孫を交配させ、高い知性と豊富なスタミナ、そして勇気を兼ね備えた犬種として「セッパラ・シベリアン」が生まれた。もう一人の英雄の名を冠したその犬種は優しい心を持ち、人間と固い絆を結ぶ性格だという。日本人名が世界的な名犬として語り継がれていることがなんだか嬉しい。




