こんなドラマ、見たことない! 現在、AppleTV+で配信中の『プルリブス』を見て思わず唸った。製作総指揮は未だ“史上最高の海外ドラマ”と讃えられる『ブレイキング・バッド』の生みの親、ヴィンス・ギリガン。あの大谷翔平も見たと公言する名作中の名作だ。もし生涯ベストドラマを挙げるなら私も迷わず『ブレイキング・バッド』を選ぶ。その傑作を生み出した天才クリエイターは、最新作の制作動機をこう述べている。
「最近のドラマを見て思った。違うものを作りたい」
今や上質なドラマは溢れているがどれも似たり寄ったり。既視感をどう打ち破るか。世界中のファンが待ち望んだ新作は観客を大いに困惑・混乱させ、想像のナナメ上を行く誰も見たことがないSFドラマだった。
舞台は『ブレイキング・バッド』と同じくニューメキシコ州アルバカーキ。世界初の核実験が行われ、マンハッタン計画の主要拠点となった地だ。人類の進歩と危うさを象徴するここが再び選ばれたことに強い意図を感じる。主人公の官能歴史小説家キャロルを演じるのはレイ・シーホーン。『ブレイキング・バッド』の前日譚『ベター・コール・ソウル』でヒロインを演じた演技派女優だ。冒頭、
「439日19時間56分」
という謎の数字がカウントダウンする。これは後に人類がある地球外生命体に身も心も乗っ取られるまでの時間を表わしている。「乗っ取られる」と言っても従来のSFのように恐怖を伴うものではない。むしろ乗っ取られることで人類は“幸せ”になってしまうのだ。
程なくして人類はXデーを迎える。それはまるでウイルスのように全人類に感染した。すると、一人一人の意識と全人類の意識は共有され“ワンネス共同体”となり、文字通り「人類みな兄弟」に。全人類が同じ意識で繋がるので差別や格差もない。憎しみや苦しみも消え、犯罪や争いもない。人類は謂わば“幸せゾンビ”状態になり、地球はまるで天国のような理想郷と化す。世界は一瞬にして平和になったのだ。……ならいいじゃないか。いや待て。それが本当の幸せなのか? 大きな問いが立ち上がる。
主人公のキャロルはなぜか幸せゾンビにならなかった。彼女の意識は以前と変わらず、性格も気難し屋のまま。彼女を含め、幸せゾンビにならなかった人類は世界中でたった13人。理由は分からない。彼女は幸福な操り人形になってたまるかと自分と同じ状態の人たちと会合を持ち、訴える。
「私たちが世界を救うの!」
だが、彼女以外は全く意に介さない。食欲も性欲も物欲も、全ての願いを叶えてくれる“幸せ”が支配する世界。一体、何が不満なんだ、と。仲間だと思っていた者たちから賛同を得られず、キャロルは地球上で完全に孤立する。だが、彼女はそれでもめげない。幸せを押しつけてくることに徹底的に抗い続けるのだ。
通常、ストーリーの対立軸には“悪”などネガティブな要素が据えられる。ところが本作は“幸せ”が主人公の対立軸なのだ。なんという設定だろう。恐るべし、ヴィンス・ギリガン。前代未聞の「幸せとの戦い」。繰り返すがこんなドラマ、全く見たことがない(笑)。
INFORMATIONアイコン
『プルリブス』
AppleTV+で配信中




