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「球団が適切な対応をしていれば…」急死した中日・木下雄介投手の妻が涙の告発

「搬送の遅れです。実は雄介が倒れてから、周囲が救急車を要請するまでに、6分もかかっていたことが分かったのです。それを主治医の先生に伝えると『搬送が早ければ助かった』と言われました」(同前)

スタッフがAEDを探しに行ったのは、搬送要請の後

 渋る球団側から、木下選手が倒れた際の時系列が記された資料を受け取ったのは、昨年10月のこと。そこにはこう記されていた。

〈11時07分頃:ナゴヤ球場屋内練習場内、トレーニングルームにてS&Cのスタッフが木下選手の異変に気が付く〉(注:S&Cは「プロ野球ストレングス&コンディショニング研究会」)

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〈11時13分(発信履歴):トレーナーが119番へTEL、救急搬送の要請〉

 6分間のタイムラグ。さらに救急隊が到着したのは11時17分と、倒れてから10分が経過していた。救命の現場では、心拍再開が1分遅れるごとに、救命率が10%下がると言われている。だがスタッフがAEDを探しに行ったのは、搬送要請の後だった。

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球団からの書面での回答は

 茜さんは、最初に異変に気付いたスタッフに話を聞いた。

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「最初は、いびきをかいているのかと思うくらい大きな呼吸が聞こえたそうです。雄介は仰向けに倒れていて、近付いたら身体も硬直していた、と。でも『呼吸もあって、心臓も動いていたから、その時点では救急車を呼ぶ必要がなかった』と説明されました」(同前)

昨年9月に追悼試合も行なわれた

 納得できない茜さんは、球団がこの対応についてどう考えているのか尋ねた。すると昨年12月、球団から書面で回答があった。

〈担当スタッフ一同、最善の努力を尽くし救急対応に努めてくれました〉

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