“墜落”を通して見えてくるもの

〈岬の突端が、大きく抉(えぐ)れている。斧のような太い刃物が地面を切り裂いたようだ。裂け目から機体の一部が見える。/あれは……戦闘機じゃないか〉

 沖縄旅行中の新聞記者・神林がたまたま遭遇した事故の現場。それは、沖縄、ひいては日米関係を震撼させる“事件”の始まりにすぎなかった――。

 検事・冨永シリーズ第三弾となる本書。東京地検特捜部から那覇地検に異動した冨永は、着任早々、空自のエースが起こした事故の捜査を担当する。

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 着想のきっかけは、真山さんが昨年上梓した初のノンフィクション『ロッキード』の取材にあったという。

「ロッキード事件は、表向き、民間旅客機の選定をめぐる贈収賄とされていますが、ロ社が真に日本に売り込もうとしていたのは対潜哨戒機(潜水艦を発見、攻撃する戦闘機)。そして当時の防衛庁は対潜哨戒機の国産化を計画していたのに、米国の圧力で白紙撤回させられてしまう。取材を通じて、こうした日米の力関係の歪みが事件を生んだ背景にあるとわかってきました。両国の関係性は今も変わっていません。

 島国である日本の防衛にとって、最も重要となるのは戦闘機です。ところが自衛隊のパイロットは、自分たちの操縦する戦闘機のメカニズムを“軍事機密”だとして教えてもらえない。戦闘機の国産化どころか、共同開発さえ許されない現実があります。これでよいのかと問うために、あえて沖縄で戦闘機が墜ちる設定にしてみました」

 米軍基地が集中する沖縄で、航空自衛隊員が操縦する最新鋭アメリカ製戦闘機が墜落、「平和の塔」を破壊し、タクシー運転手を巻き添えにする――。

「およそ考えられうる限りの“最悪の状況”を作り出すことで、平時には隠されているものが見えてくるはず。それを冨永に捜査させたかったのです」

真山仁さん

 加えて、取材のため沖縄を訪れた真山さんの目を捉えて離さないもう一つの現実があった。“貧困”だ。

「県の調査で“子どもの貧困率29.9%”という驚くべき数字が出たことは知っていましたが、底のぬけたような貧困の実態を前に言葉を失いました。そこで冨永には、事故と並行して、ネグレクト家庭で育った妻による夫殺し事件を担当させようと考えました」

 “DVに耐えかねて”夫を十四回刺し、血塗れのまま包丁を握りしめ現行犯逮捕された妻。疑問の余地のない犯行と誰もが考える中、勾留を延長し、再捜査に着手する冨永の真意とは――。

「基地問題も貧困も、根っこの部分で繋がっている」と語る真山さん。二つの事件に隠された真実、“墜落”の真の含意に、誰もが戦慄することだろう。


まやまじん 1962年大阪府生まれ。2004年『ハゲタカ』でデビュー。近著に『プリンス』『レインメーカー』など。冨永検事シリーズの既刊に『売国』『標的』がある。


(「オール讀物」8月号より)


特捜検事・冨永真一シリーズの魅力をまとめた音声はこちらから

墜落

真山 仁

文藝春秋

2022年6月28日 発売