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 2020年には、歌舞伎座で48歳にしてついに初めて古典の主役を務めた。その演目は、かつて勘三郎からさんざん叱られた『義経千本桜』であった。勘三郎に言われたことはすべて台本に書き留めており、このときもそれをもとに勉強し直したという。

 ちょうどこの公演直前、獅童は《先輩方は今も自分の心の中に生きていて、新しい作品を作っているときに「勘三郎兄さんだったらこんなときどうやるかな」「こんなことしてたら三津五郎兄さんに怒られるな」と思うんです。この年になって「ああ、これが歌舞伎の伝承なんだ」とわかるようになりました》と語っていた(『サンデー毎日』2020年9月27日号)。

初音ミクと共演した『超歌舞伎 今昔饗宴千本桜』

肺腺がん克服後の心境の変化

 今年の年頭には長男・小川陽喜が4歳にして初お目見得にのぞんだ。それと前後してInstagramやYouTubeチャンネルを始め、息子の写真を出すなどしたところ多くのフォロワーがつくようになった。2013年に亡くなった母からは「役者は普段の生活を見せちゃだめよ」と言われていたが、獅童はここへ来てSNSを始めた理由を《僕が(引用者注:2017年に)肺腺がんを克服したとき、同じ病気の方から『あなたの元気な姿が僕らの勇気につながる』と言っていただいて。現実でもみんなを笑顔にできるなら、本名の小川幹弘の姿も見ていただこうと決めました》と説明している(『女性自身』2020年10月27日号)。

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 それでも子供のときから変わらず、舞台と現実には一線を引いているようにも思われる。6年前のエッセイでは、少年時代に仮面ライダーやプロレスの覆面レスラーたちに憧れた経験から《僕は、役を演じることの喜び、そして子供の頃の気持ちをちょっぴり持ったまま変身し続け、生涯自分とは違う役を演じ続けられたらと思っている。/「中村獅童」という覆面を付けた謎の人物であり続けたい》とつづっていた(『悲劇喜劇』2016年7月号)。

©文藝春秋

 歴史上の人物を演じる場合でも、獅童は、既存のイメージをまず取っ払い、ゼロから構築するつもりで演じているという(『歴史街道』2022年9月号)。前出の『鎌倉殿の13人』の梶原景時も、歌舞伎などでは悪役として描かれることが多いが、それを彼は文献も色々と読んで考えたうえで、冷酷無情なばかりでなく、ときに人間的な弱さをも垣間見せる人物として演じていた。50歳を迎えてなお、歌舞伎にとどまらず映画にドラマに、どんな役でもやると意気込む俳優・中村獅童が、今後もますます見逃せない。