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「とにかく人を投入するしかない」ビール販売のメンバーも……

「結局はですね、何が正しいのかちょっとわからなかったところがあったんで、とにかく人を投入するしかないと思って……。それでウチが業務を委託してる会社(ヒトトヒト)のスタッフさんに来てもらったんですけど、グラウンド整備はもちろん、われわれ(球場)職員もいて、球団の職員さんもいて。さすがに売り子さんとかはいなかったですけど、普段は(売店で)ビールなんかを売ってる販売部のメンバーも何十人って来てくれました」

 アルバイトのスタッフも含め、その数、総勢70人。なかには無線で状況を把握して、一大事とばかりにバケツ片手に飛んできたスタッフや、球団の女性職員、ヒトトヒトのCOOまでいたという。みんな着の身着のままでカッパギを、バケツを、排水ホースを手に、必死に作業に当たった。なにしろ試合前であり、業務から離れられないスタッフも多かったはずだが「状況的にも『これは試合をやらないといけない』っていうことで、たぶん少しでも手が空いてる人は全員来てくれたんじゃないですかね」と若月さんは言う。

“デッドライン”は7時15分、「チーム神宮」一丸で

 所属や部署の垣根を越えた、まさに「チーム神宮」一丸となっての作業により、外野に広がっていた水溜まりは目に見えて小さくなっていったが、試合開始予定時刻が近づいてもセンター付近の水は残ったまま。開始予定の午後7時を過ぎた頃、若月さんは球団営業部長とともに、審判団から判断を求められる。

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午後7時すぎのセンター付近。懸命な作業が続けられた ©遠藤修哉

「『これ、何分になったら(水が)抜ける?』って聞かれたんですよ。まあ当然ですよね。何分ってなかなか言えないですけど、確実に少なくはなってきてたんで『7時15分ぐらいには、なんとなくメドが見えてると思います』って言ったら『わかりました。じゃあ7時15分の段階になってもまだ水溜まりがあるようだったら、腹くくってくださいね』って言われたんです。要は中止の可能性もあったってことですよね。だから、あれがデッドラインだったと思います」

降雨による試合開始のリーグ遅延記録を1分更新したが

 セ・リーグではそれまで降雨による試合開始の遅延は、2007年9月24日の広島対ヤクルト戦(広島市民)の1時間29分が最長。もし、若月さんが「7時半なら……」と答えていたとしたら、そこで中止になっていた可能性もある。まさにギリギリの判断だった。その7時15分が近づき、審判団が再び若月さんらのもとに歩み寄る。水溜まりはもうほとんど消えていた。

「もうほとんどなかったんで、これでやってくれるかなと思ったら『まだあの辺に残ってるから、もうちょっと頑張ろうか』って。でも、そのときに『(7時)25分にメンバー交換(最終確認)』って言われたんですよ」

 メンバー表の最終確認が行われるのは、試合開始の5分前。つまり、それは7時30分には試合が始まることを意味していた。ヤクルトの先発サイスニードがマウンドに上がり、森健次郎球審がプレーボールをかけたのは、きっかり午後7時30分。試合開始予定時刻から1時間30分の遅延は、降雨によるものとしてはセ・リーグ新記録となった。

ホーム・ビジター双方からまったく不満の声が聞こえなかったことに驚いた

 若月さんが驚いたのは、コロナ禍で大きな声が出せない状況とはいえ、試合開始が遅れている間、ホームのスワローズファンからもビジターのベイスターズファンからも、不満の声がまったく聞こえてこなかったことだという。それどころか、懸命のグラウンド整備の間には、スタンドから温かい拍手も起こった。

「不満の声は一切なかったですもんね、ビックリするぐらい。普通はあるじゃないですか、あれだけ待たされたら。拍手もけっこうすごかったですよね。あらためて録画を見たら、(スタッフは)みんな超必死にやってましたんで、そういうのも伝わったのかもしれないですね」

 ヤクルトはこの試合、2位のDeNAに8対1で快勝し、これでマジック「2」。翌25日は星空の下、神宮に詰めかけた2万9714人のファンの前でDeNAを相手にサヨナラ勝ちで優勝を決め、ナインは2015年以来となるグラウンド上でのビールかけで、喜びを爆発させた。

 もし24日の試合が中止になってマジック4のままだったなら、その歓喜も少し先送りになっていた。そこで連勝して一気に優勝を決めた「チームスワローズ」が素晴らしいのはもちろんだが、あの24日の試合開始に向けて奮闘した「チーム神宮」にも、心から拍手を送りたい。

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