そこには求めていたラテン野球の試合風景があった
ユニフォーム姿の男たちが分乗する野球道具満載のバンは、なんだか日曜の草野球チームを連想させる。一行は、ホテルを出た後、町はずれの安食堂でいったん車を降り、朝食をとった。大男たちがメキシカンフードを平らげていると、ホテルの精算を終えたオーナーが遅れて到着。このオーナーの朝食と食後のコーヒーが済むと、一行は再び車に分乗した。
球場は一見するとそうとはわからない粗末なもの。球場前に路駐すると、一同は対戦相手のホームに乗り込んで行った。
球場では、ホームチームのオーナーが出迎えてくれた。挨拶をするとまず、ライトフェンスに掲げられた横断幕に案内された。そこには男の顔と名が染め上げられている。ホームチームの前のオーナーだったらしく、球場からの帰りに暗殺されたという。このリーグのオーナーの中には裏では人に言えないビジネスに手を染めている者もおり、この人物もそのひとりだったのかもしれない。これもまたメキシコ野球の現実なのだ。
試合風景は、まさに僕が求めていたラテン野球のそれだった。フィールドでの撮影は自由。試合の邪魔をしない限りはどこでもうろうろできる。両オーナーは自チームのベンチに入り、とくにビジターのチレロスのオーナーは、背番号1のユニフォームを着てナインに檄を飛ばす。ファンへのプレゼント用に小さなボールを持参し、気が向けばスタンドに投げ入れるのだが、そのタイミングが試合展開を無視しているので、投げ入れが始まると1点を争う緊迫した試合そっちのけでスタンドはパニック状態になる。中にはボールを手にするやいなや、ベンチまで降りてきて選手にサインをねだる子どももいる。
1000人も入れば満員の小さなスタンドは、プレーオフとあって満員。そうはいうものの、人々は試合が始まってからゆっくりと参集、球場横の民家の住人などはベランダに椅子をおいて観戦している。スタンドには、チリソースをかけライムを絞って食べるメキシカンスナックや魚介のマリネ、セビチェの屋台や売り子が出て、球場に詰めかけたファンは、それらとビールやサイダーを手に野球観戦をひがな楽しむのだ。
試合は終盤にホームチーム、トビスのキューバ人助っ人が敬遠の後の初球をフェンスの向こうに運んで決まった。バットに当たった瞬間それとわかる弾丸ライナーが、5段ほどの小さなライトスタンドに突き刺さると、地元ファンは沸きかえった。
試合後は、オーナーどうし、選手どうしが健闘をたたえあう。ビジターのチレロス一行には、ホームチームのオーナーから売れ残った缶ビールが振舞われる。それと同時に、チキンとトルティージャの弁当が運び込まれた。一行はそれをフィールドの芝生に座り込んで腹に収めると、車に乗り込んで200キロ先のホームタウンへの帰途についた。
ハイウェイ上で検問があった。身分証を求めるポリスに、チームリーダーが言う。
「俺たちはプロ野球選手だ」
その声を聞いたポリスは、身分証を求めることをやめ、一行の車を通した。目的地であるチームリーダーの屋敷前に着いた頃にはすっかり夜になっていた。オーナーと助っ人外国人たちはそのままさらにチームのホームタウン、ハラパまでドライブを続け、他のメンバーは、迎えの車で家路についた。一行の帰りを待っていたのか、近所の女の子たちが近づいてきて歌のプレゼントで労をねぎらっていた。
こうして、彼らは冬の短いシーズンを旅役者のように転戦して暮らす。こういうプロ野球の原初的シーンに魅せられ、僕は野球旅を続けている。
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