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働いてわかった“デフレ・ビジネス”ユニクロの限界

横田増生×佐々木俊尚 『ユニクロ潜入一年』を語る(後編)

note

ネットで話題の「キモくて金のないオッサン」問題

 佐々木 一方、メディアは「わかりやすい弱者」的な存在を大事にします。例えば、シングルマザーだったり、在日外国人だったり、障がい者だったり……。もちろん重要なテーマではあるんですが、それさえ取り上げていれば「社会を語っている」ような雰囲気もありました。

 ところが、インターネットの俗語で、「キモくて金のないオッサン」って言われている問題がある。そうした「わかりやすい弱者」から外れる存在――40代男性で、彼女もいなくて、結婚してなくて、年収200万の不正規雇用で、おまけに太っていて金がないって人は、誰からも相手にされない。キモくて金のないオッサン問題。

 横田 キモくて金のないオッサン……。

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 佐々木 救いがないんですよ。貧困状態にあるシングルマザーは誰かから手を差し伸べてもらえるかもしれないけど、キモくて金のないオッサンは誰も相手にしてくれない。怖いから。そういう可視化されてない弱者の問題って世の中に根強くあるんじゃないか、という論調がここ最近ネットでよく言われるようになりました。

 横田 ソーシャルスキルがない、空気が読めないという感じですか? キモいっていうのは。

 佐々木 そういうことですね。変に声をかけると、逆に何か言われそうだ、と思われてしまう。そういう人のことって、語りにくいじゃないですか。

 横田 「バレンタイン粉砕」とか叫んでデモをやっているのは、そういう人たちですか?

 佐々木 それでも、粉砕って言えるだけ、まだコミュニケーション能力がある。僕、地方に仕事でよく行くんですけど、自動車工場の近所の道端を非正規雇用らしいおじさんがトボトボ歩いているのを目にして、この人、どういう私生活を送っているのかなって、ちょっと考えたりします。

 

「ユニクロに就職する気はないの?」と聞くと

 横田 なるほど。実は、ユニクロで働く人たちって、主婦や学生が多いこともあって、意外とこざっぱりしています。主婦には夫がいて、学生には親がいるので、収入は比較的安定している。それに一応、アパレル企業ですしね。しかしアマゾンやヤマトの現場となると、もっと生活の淵のギリギリ歩いている人がいた印象があります。アルコール中毒だからなのか、手が震えてタイムカード押せないような人も見かけました。

 佐々木 なるほど。若者たちは「キモくて金のないオッサン」に直接的なシンパシーがあるわけではないと思いますが、それでも話題になっているのは「いつか自分もそうなるんじゃないか」という不安がすごく大きいからではないでしょうか。日本社会って、セーフティーネットが乏しいので。

 横田さんは、ユニクロ潜入中には、学生や若者たちと話すような機会も多かったんじゃないですか。

 横田 アルバイトの作業はチームプレイなので、休み時間にもよくしゃべりましたね。「今、ゼミでこんなことやってます」といった雑談です。僕はよく取材の一環として「このままユニクロに就職する気はないの?」って聞いていました。ただ、誰一人として「うん」とは言わなかったですね。

 佐々木 なぜですか?

 横田 やっぱり、ユニクロでは店長といっても、その上のスーパーバイザーが視察にくると、ヘイコラするわけですよ。スーパーバイザーも、そのまた上のリーダーがくるとペコペコしている。ヒエラルキーが強すぎる組織の中にいて、そんな上司の姿を日常的に見ているわけですから嫌気がさすんでしょうかね。