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「生半可な気持ちで、飯原のことを語らないでよ」

「……はぁ、アイツまた凡打かよ……。ダッセェ、ダッセェな。頼むよマジで」

 ミホさんは「スーパードライ」の空きコップが1つ、2つと増えるほどに、声援もビール同様の辛口になっていた。おまけに凡打の山が築かれるほどに、「チィッッ!」、「チィッッ!」と、助っ人外国人でもしないような下品な舌打ちも増えていく。選手名は伏せるが、その“アイツ”に対して特に厳しい。これが彼女の本性なのだろうか!?

 想像してみる。もしも彼女と結婚したとして、僕が仕事や家庭でミスをしたとする。やっぱり “アイツ”に向けたような、ヤンキーみたいな舌打ちをするのだろうか。不安しかない。少し勇気を出して反抗してみた。

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「でもさ、その“アイツ”が救ってくれた試合もあるじゃん」
「……はぁ? ……はぁ……」

 深い溜め息と共に、睨みつけるような視線を向けてくるミホさん。アジアン馬場園だった顔は、いつからかデーブ大久保風になっていた。雰囲気はどんどん険悪に。幹事の言葉を思い出す。「キミが彼女を抑えるんだ」。野球には逆転があるように、まだ盛り返せるはずだ。バッターボックスには飯原誉士、入団2年目期待の若手。積極的に、僕は知ったかぶりをした。

「古田監督は飯原に期待しているらしいね。足は速いんだけど、安定性がさ~」
「あのさ……。生半可な気持ちで、飯原のことを語らないでよ」
「えっ!?」
「…………」

2年目はチーム最多の23盗塁をマークしていた飯原誉士 ©文藝春秋

 7回裏のできごと。長い沈黙が、試合終了を告げるようだった。東京音頭も、キミとの輪舞曲も踊れない。その日、スワローズが勝ったか負けたかなんて、正直覚えてはいない。二次会に流れていくという他のメンバーを見送りながら、僕とミホさんだけが帰路に就くしかなかった。外苑前駅までの道のりも沈黙が続いた。別れ際、一応連絡先の交換を申し出たら、「そういうの、大丈夫ですよ」と、作り笑いであっさり断られた。完敗だ。

 彼女と別れた後に、幹事からmixiメッセージが届いた。

「2人で消えたけど……もしかして、これから渋谷円山町か歌舞伎町ですかー?\(^o^)/」 
「いえ、家に帰ります。完全なる僕の力不足です」

 ワンポイントリリーフ失敗。言い訳はない。仕事も、ミホさんも、次に繋ぐことはできなかった。時は流れ2018年。新年早々、「前ヤクルト飯原、選手兼任コーチとしてBCリーグへ」のニュースの見出しをみて、ミホさんのことを思い出した。元気にしているだろうか、神宮球場に通っているのだろうか。このコラムを読んでいるだろうか。きっと彼女はこう呟くだろう。

「あのさ……。生半可な気持ちで、スワローズのことを書かないでよ」、と。

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