「あのさ……。生半可な気持ちで、飯原のことを語らないでよ」
07年のある夏の日。7回裏、神宮球場、一塁内野席。東京音頭に踊る色とりどりの傘を見つめながら、彼女は吐き捨てるように呟いた。僕は飯原のことも、彼女のことも実際よく知らなかった。
プロ野球観戦合コンで出会ったミホさん
東京ヤクルトスワローズ、飯原誉士、当時入団2年目、24歳。身長181cm、体重79kg、外野手、三塁手、右投げ右打ち、趣味はペットショップめぐり――。「プロ野球選手名鑑」の情報と、あとは「すぽると!」や「実況パワフルプロ野球」で得た、長打が打てる、足が速い、程度の知識。
そして彼女。ミホさん、当時33歳。推定身長155cm、推定体重……90kg、推定右投げ右打ち、職業は看護師、趣味・野球観戦。ほぼ推定。なぜなら僕と彼女は試合開始時刻の30分前、17時30分に出会ったばかり。“プロ野球観戦合コン”だった。
「野球ファンの女の子と知り合って、神宮で4対4の観戦合コンをするんだけど……ぽっちゃり系が一人いるらしいんで、参加してくれない!?」
男性向けファッション誌の編集から届いた、mixiメッセージ。僕が過去に体重100kg前後の女性と付き合うなど、豊満な女性が好きというのが記憶の片隅にあったらしい。もう担当さんとは1年近く仕事をしてなかった。僕はここで結果を残し、次に繋げたい、相手のふくよかな女性とも繋がりたい。ワンショット・ワンキル。気分はワンポイントリリーフだ。
神宮球場、一塁内野席前で待ち合わせ。10分遅れで「おまたせ~」とやって来た女性チームの中に彼女はいた。緊張からか少し引きつった笑顔をみせる、ちょっぴり女性芸人アジアン馬場園似のミホさん。XLサイズであろう『FURUTA』のユニフォームがパンパンだが、よく似合っている。僕の第一印象は、「元ソフトボール部かな?」だった。
「……カトウさんはどの球団が好きなんですか?」
「……特定の球団を応援してなくて、野球はよく観に行きます」
「……そうですか、私はスワローズです」
「……でしょうね。FURUTAですから。あの、学生時代はソフトボール部でしたか?」
「……いえ、弓道部です」
「……そ、そうですか」
お互いに視線はずっと選手に注がれたまま、探り合うような、会話のキャッチボールが続く。幹事の指示で、僕とミホさんは端の席に追いやられ、盛り上がる合コンをよそに蚊帳の外。少しだけ、2人だけの世界だった。
「宮出さんが左足で“トン・トン・トン”とタイミングを取るの……可愛くないですか?」
オペラグラスでバッターボックスをみるミホさんは、そう言いながら自分の膝をトン・トン・トンと叩いた。可愛い基準は人それぞれ。可愛いは正義。少しだけ、彼女のことを可愛いとも思い始めている自分がいる。収入が不安定なフリーライターと、手堅い看護師はいい組み合わせではなかろうか。結婚したらつば九郎は「おめでとう」のフリップを出してくれるだろうか。宮出はお祝いVTRを送ってくれるだろうか。勝手に盛り上がる僕だが、目の前の試合は投手戦になり膠着状態が続いていた。