今か今かと、報道陣が待ち構えていた。
米マイアミのローンデポ・パーク。普段は大リーグのマーリンズの本拠地であるこの球場が、今回のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の戦いの場だ。
1階通路にあるミックスゾーンに大谷翔平(エンゼルス)があらわれた。
私を含め、記者たちが四重、五重になって取り囲む。出遅れたら、もう質問するのは困難だ。なんとか「3列目」くらいを確保し、質問できるタイミングを待った。
「こっからだぞ!という気持ちで」
20日(日本時間21日)の準決勝、メキシコ戦後のことだ。9回、先頭打者として打席に立った大谷は迷うことなく初球をとらえた。
右中間の深いところへライナーが飛ぶ。「三塁を狙えるかな」と、一塁手前でヘルメットを脱ぎすてて加速した。悠々とスタンディングの二塁打。ベース上で大谷はベンチに向かって、両手をあおるようなしぐさを繰り返した。
口の動きから「カモーン!」と叫んでいるようにも見えるし、「おらぁ!」と言っているようにも見えた。野球の本場、米国でプレーするようになって、今年でもう6年目。感情表現の仕方も、アメリカナイズドされてきたようだ。
ともあれ、大谷の一打、そしてど派手な身ぶりと鬼の形相が、ベンチはもちろん、日本からの観客も多いスタンドのボルテージも一気に上げた。そして、吉田正尚(レッドソックス)の四球、村上宗隆(ヤクルト)の逆転サヨナラ二塁打へとつながっていった。
そのしぐさについて質問が及ぶと、大谷はこう言った。
「二塁までまずいけたのがよかった。ほんとに、こっからだぞ!という気持ちで。後ろにつなげさえすれば、いけるという安心感はあるので。良い形でつなげました」
そう語る様子は冷静で淡々としたもの。すっかり普段の大谷に戻っていた。
高校のチームメイトが語る「160キロより、震えたシーン」
「こっからだぞ!」
機を見て、感情を爆発させ、仲間を奮い立たせる。目つきからして変わる。その姿は岩手・花巻東高時代と変わらない。
「高校のときも、土壇場で『ベールを脱ぐ』感じでしたね。ここいくぞ、たたみかけるぞっていう時に言葉と行動で引っ張るんです。むかつくくらい、説得力があります」
そう振り返るのは、花巻東で大谷のチームメートだった小原大樹さんだ。
小原さんは二塁上での姿を見ながら、高校3年の夏、岩手大会決勝でのガッツポーズを思い出したという。
花巻東は4点差で負けていた。9回、1点をかえし、なお無死一、二塁で大谷に打席が回ってきた。
盛岡大付の好投手に詰まらされながらも、強引に振り切って右前へ運んだ。2点差に迫る適時打となった。後続がつながらず、甲子園には届かなかったが、小原さんは「誰もが彼の一打を求めている中で、ありえないくらい詰まったのに気合でライトまで運んだ。個人的には準決勝で出した160キロより、震えたシーンでした」。
普段はひょうひょうとしているのに、勝負どころと見るや、感情の扉を開放する。それも大谷翔平という選手の魅力の一つだろう。
それができるのはなぜか。これはもう単純に、大谷が負けず嫌いということに尽きるのではないか。