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「当時はちょうど、ホークスが三軍制を始動するタイミングでした。まだ育成選手という制度も認知されていない頃で、不安に思った部分もあったかと思いますが、『人生を変えたいなら、死ぬ気で挑戦しろ』と伝えたのを覚えています。それである大学のセレクションに参加してもらい、他のスカウト何名かとプレーを見たなかで、スローイングも評価されて、千賀滉大、牧原大成に続き6位で指名をしました」(福山氏)

育成6位で入団

 念願だったNPB入りを果たした甲斐。だが、入団後の道程も決して平坦ではなかった。当時三軍バッテリーコーチを務めた森浩之氏が語る。

「育成選手として3年やってダメだったら終わりという中で始まりました。当時の甲斐の背番号は130番。『3桁はプロ野球選手じゃない』と厳しいことも言いました。けど、彼は辛い練習でも弱音を吐かず熱心に取り組んだ。同期のドラフト1位で同じ高校生捕手の山下斐紹への対抗心もあったでしょう。自分でかなり勉強したと思うし、監督やコーチ、色々な人に巡り合って経験を積んで、今の彼がある。努力家ですし、センスもあって器用な一面もあるので、どんどん吸収していきましたね」

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 がむしゃらな努力が実を結び、3年目に念願の支配下登録に。2017年には一軍公式戦で初めてスタメン出場を果たし、翌年には育成出身初の日本シリーズMVPを獲得。昨年まで6年連続でゴールデン・グラブ賞を受賞するなど、名実ともに日本を代表する捕手となった。一昨年の東京五輪では、侍ジャパンの正捕手として、国内開催の重圧のなか金メダルに大きく貢献した。

2020年、千賀滉大と最優秀バッテリー賞を受賞

「WBCに出られる嬉しさより、恐怖心の方が大きい」

 甲斐の吸収の速さと貪欲さは今も変わらないと語るのは、1月の自主トレに招かれ、際どいゾーンに来た球をストライクにする確率を上げる「フレーミング」技術を指導した、キャッチャーコーチの緑川大陸氏だ。

「自主トレは4日間だけでしたが、その後も継続して動画を送ってもらいやりとりしています。甲斐選手の努力、練習量には本当に驚かされました。メジャーでは1シーズンかけて身に付ける技術ですが、想像を遥かに超える速さで習得しています」

今年の自主トレで緑川大陸氏の指導を受ける

 メジャーで活躍する大谷翔平やダルビッシュ有に、昨季完全試合を達成した佐々木朗希も擁し、「史上最強の投手陣」と言われる今回の侍ジャパン。その女房役を務める教え子に、前出の高校の恩師・宮地氏は先日、あるものを送ったと明かす。

「年始に拓也に会った時、『WBCに出られる嬉しさより、恐怖心の方が大きい』と言っていました。日本代表としての重圧は大きいですが、少しでも力になればと、大﨑が闘病中に書いていたあの野球ノートを拓也に送りました。大﨑がよく使っていた言葉である『心』。亡くなる最後までチームのために、全力で野球に取り組んでいた彼女の『心』はきっと拓也にも受け継がれている。彼は人の思いを力に変えられる選手です。東京五輪の時、泥だらけになってガッツポーズしていましたが、あれが本来の姿。もう一度、野球小僧になって、日本の子供たちに夢と希望を与えるプレーをしてほしいです」

東京五輪の準決勝韓国戦で生還しガッツポーズ。彼女の「心」はきっと受け継がれている

写真提供 宮地弘明氏、合澤諒祐氏、時事通信

甲斐拓也 Takuya Kai 1992年11月5日生まれ。2011年に育成ドラフト6位で福岡ソフトバンクホークスに入団。昨季は6年連続6度目のゴールデン・グラブ賞と、2年ぶり3度目のベストナインを受賞