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周囲に助けを求めることが苦手

 興野氏によると、発達症グレーゾーンや境界知能の人は6、7人に1人の割合で存在する。特性について理解されないために困難な状況に追い込まれている人が予期せぬ妊娠をした場合に、周囲に助けを求めることが苦手なため孤立出産に追い込まれてしまう危険がある。

 出産では心身が破壊されるレベルの痛みが初産で平均10~12時間続き、出血は1リットルを超えることもある。1リットルを超える出血量は致死レベルとされる。胎児が身体を引き裂いて生まれ出る瞬間まで、気が遠くなるほどの時間をひとりで痛みと恐怖に耐えなくてはならない極限事態、それが孤立出産だ。出産は先送りできない事態だということが、常識的な思考力があればわかる。裏返せば、被告には常識的な思考力を持ち得ない背景があったことを明らかにしたのが精神鑑定の結果だったが、裁判所はこの点に踏み込まずに判決を下した。

孤立出産に追い込まれた女性に必要なことは?

 裁判から2カ月が経とうとする3月24日、ベトナム人元技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさんの双子死産事件に対し、最高裁が無罪の判決を下した。

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 リンさんと千歳コインロッカー事件の被告は、理由は違っても同じように未受診で母子健康手帳を持たず孤立出産に追い込まれていた。その二人に対し、警察や検察は技能実習生やデリヘル勤務という立場への差別的な意識から一種の決めつけをしてはいなかっただろうか。同様の事例は珍しくない。東京では2020年12月に未受診で母子健康手帳を持たない女性が早産による死産で即日逮捕される事件が起きた(不起訴)。今年1月には、東京・歌舞伎町近くのアパートで流産した未受診の女性が、救急搬送先の病院で警察から4時間にわたる取り調べを受けた。

入廷前に取材を受ける蓮田健・慈恵病院理事長

 慈恵病院理事長の蓮田健氏は、リンさんの裁判では弁護側の要請で意見書を提出している。千歳コインロッカー事件の一審では蓮田氏も孤立出産に追い込まれる女性の背景について証言した。

 蓮田氏は次のように話した。

「孤立出産に追い込まれた女性に対して必要なのは、加罰ではなく保護です。母子健康手帳を持っていなくても未受診でも、妊娠した女性に対しては等しく保護の観点からアプローチするよう、警察も検察も私たち産婦人科医も変わらなくてはならない」

 控訴審は4月27日に開かれる。