国選弁護人の納得できていない様子がありありと見てとれた。
それは札幌地方裁判所で行われた刑事事件一審の判決が下された場面でのことだった。
北海道千歳駅のコインロッカーに嬰児の遺体を遺棄したとして、2022年6月10日、22歳(当時)の女性が逮捕された。デリヘルの客に性行為を強要され妊娠、ひとりで出産した赤ちゃんを湯に沈めて殺害した。遺体を処分しようとしたができず、駅のコインロッカーに入れた――。
女性は殺害と遺棄を認めており、裁判の争点は量刑だった。1月末から2月初旬にかけて開かれた一審で下った判決は、実刑5年。これは乳児殺害遺棄事件の量刑としては相場とされる。
だが、被告女性の弁護を務めた清平温子弁護士と東浩作弁護士は、「被告の特性を全く理解していない判決だ」と反発した。
特性とは、何を指すのだろうか。(全2回の1回目/続きを読む)
デリヘルで性行為を強要されて妊娠
検察の捜査によると、被告は山形県のある町の出身で、仙台でデリヘルに勤めていた2021年夏に客から避妊具を装着せずに性行為を強要されて妊娠。2022年5月16日にホテル内の浴槽で出産した赤ちゃんを湯に沈めて殺害する。遺体が徐々に溶け出し異臭もしてきたことから、パイプ洗浄剤で赤ちゃんを溶かそうと試みたが失敗。保冷バッグに入れてホテルを移動しながら持ち歩き、ロッカーに預けるなどしたのちに、遺体を埋める穴を掘るために購入したフライ返しとおもちゃのスコップのうち、スコップだけを持ってレンタカーで小樽へ向かったものの、雨が降り出したために断念。レンタカーを借りた千歳で駅のロッカーに遺体を入れた。
デリヘルの仕事で予定外に妊娠したことがわかっても病院を受診せず、一人で産んだ赤ちゃんを殺害して誰にもバレないように葬り去ろうとした――。事件の表面をなぞれば、猟奇的で自分勝手な犯行ということになる。また、本人は出産直後に突発的に殺意が芽生えたことを取り調べで認めている。
しかし、母と被告への尋問から明らかになったのは、生まれ持った特性が理解されなかったために被告が身の置きどころのない孤独を深めていった成長過程、そして娘に苛立ち悩む親と娘のすれ違う関係性だった。
いじめに仲間はずれ…集団に受け入れられない経験の連続
被告は共働き夫婦のもとに生まれた第一子で、同居する父方の祖父母にとっては初孫。大変なかわいがられようだった。4歳下に妹がいる。数年後、夫婦間の問題がきっかけで家族は町を出て都市部で生活を始める。夫婦の諍いが多く子どもたちにストレスを与える状況にあった。小学校に入る頃には忘れ物が多い、部屋の片付けができないなど、母親は被告をガミガミと叱るようになった。学校に持っていくために用意した持ち物を玄関に置いたまま出ているのを車で慌てて追いかけたことは数知れない。他方、手づくりの食事を与えることに腐心し、出来合いの惣菜を食卓に並べたことはなかった。
小学校の成績は中程度。この頃、いじめを受けていたことを親は気づいていない。母には、妹と比較して「なぜ、妹がごく当たり前にできることがお姉ちゃんにはできないのか」と常に漠然とした疑問と腹立たしさがあった。
中学でソフトボール部に入部した被告を父親は特訓し、試合日には家族総出で応援したが、本人は負担を感じていた。高校進学は親が主導して本人の希望とは異なる高校に進学させている。部活ではエナメルバッグに部員からゴミを詰められるなどのいじめを受け、母が介入して阻止した。高校卒業後就職した地元企業では仕事の手順が覚えられないため上司から厳しくあたられ、同僚に仲間はずれにされている。小学校から社会人になるまで、集団に受け入れられない経験が連続していた。