「嬰児の遺体が遺棄されていた」という報道に胸騒ぎがしていた母
被告が仙台へと家出した後、両親は被告のつくったサラ金の借金の対応に追われた。かと思えば、両親が仕事から帰宅すると、テーブルの上に愛犬のためのドッグフードが置かれているのを発見し、娘が家に立ち寄ったことを知った日もあった。夫婦で仙台に行き、街をあてどなく探し回り、警察に捜索願を出していた。事件に巻き込まれなければいいがと両親は娘の行方を案じていた。千歳駅のコインロッカーに嬰児の遺体が遺棄されていたという報道を知ったときは胸騒ぎがしたと母は証言した。
その後、被告に電話で打ち明けられた親友から連絡を受けた両親が、捜索願を出していた地元警察に行ったところ、すでにその直前に逮捕されていたことを知った。
精神鑑定の結果、境界知能とADHDグレーゾーンが判明
清平弁護士は被告の勾留中に精神鑑定を行った。その結果、境界知能(知能指数81 / 平均知能指数を100とした場合、51~70未満が軽度知的障害、70~84が境界知能)とADHDグレーゾーンが判明。鑑定医は次の結論を出した。
(1)境界知能とADHDグレーゾーンの特性が、本件犯行に至るまでの準備状況を作ったことや、孤立出産の甚大なストレス下において、犯行時の突発的で一貫性のない衝動的な行動を引き起こしたことを考えると、本件犯行への影響は相当程度あったと考えられる。
(2)事件当時は、対人ストレスや孤立出産の極度の精神的ストレス下で混乱しており、自分の行為について、してもよいことなのか悪いことなのかを判断する能力は低下していなかったが、その判断に基づいて自分の行動をコントロールする能力は低下していた。
弁護人は、上記の鑑定結果をもとに境界知能とADHDグレーゾーンの事件への影響を立証し、情状酌量の余地があるとして裁判を闘った。検察官は「発達症といっても程度が軽い」「臨床的に使われているが境界知能という診断名はない」とし、発達症や境界知能との関連性を否定した。
「特性」を認めながら量刑には反映されず
厚労省の調査によると、本件のような出産0日の赤ちゃんを殺害した母親は6年9ヶ月(2003年7月~10年3月)で65人。その全員が医療機関で出産していない孤立出産だった。筆者は2021年から2022年にかけて3件の出産0日殺害遺棄事件と死産遺棄事件の裁判を取材した。1件では検察の精神鑑定で境界知能が判明したものの、鑑定医は事件との関係を否定。その後、保釈中に弁護側が発達症を専門とする精神科医に診断を求めた結果、学習障害とADHDグレーゾーンが明らかになり、意見書を提出したが、再審でも発達症と事件の因果関係は認められていない。また、ほかの2件では、被告に発達症グレーゾーンや精神疾患、あるいは境界知能や愛着障害の影響が疑われたものの、弁護側は精神鑑定を行わなかった。
しかし今回は初公判で鑑定医が境界知能とADHDグレーゾーンの事件への影響を証言し、一審の最終日、裁判長は「特性」という言葉を用いたものの、その具体的内容やそれが発達症や境界知能に起因するものであるという弁護人の主張について踏み込んで判断を示さず、量刑には反映されなかったのだ。弁護人両氏の反発はこの点にあった。(#2に続く)