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「ここ見て見て、きれいでしょ」岡江久美子さんが“人気絶頂でヌード”を決めた理由《コロナで急逝から3年》

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 岡江さんは、この写真集が発売された1982年、ジャズシンガーとしてアルバム「YES, I FEEL」を発表している。“清純派女優という殻を破りたい”という決意を込めた、いくつもの思い切ったチャレンジが、その後の飛躍へと繋がったのだろう。

 ちなみに写真集は飛ぶように売れ、6回増刷されたが、岡江さんは翌年83年1月に「連想ゲーム」(NHK)で共演した大和田獏と婚約を発表、電撃結婚することになる。交際を知っていた岡田氏は戸惑っていたという。

「撮影当時も、今の旦那さんの大和田獏さんと付き合っていたようだから、やりにくかったです。久美ちゃんも気まずかったと思います。当時、女性週刊誌に僕と久美ちゃんがニューヨークの同じ部屋に泊まり、男女関係があるかのように書かれましたから。そんなことは一切ないんですが……。

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 久美ちゃんとはその後、偶然に街で一度会っただけです。でも本当に懐かしい。お別れ会には行きたいですね」

写真集は岡江さんの“生き様”

 写真集の発売当時の騒動を知る芸能リポーターの石川敏男氏は、ヌード写真集は岡江さんの“生き様”だったと話す。

「当時のワイドショーでもずいぶん話題になりました。彼女は義理堅く正直で人を裏切らない。あの写真集を撮ったときも結婚の話は決まっていたと思います。普通は結婚が決まっていたら出しませんよ。やり遂げたのは、その前から仕事として約束していたから。いまは日本のお母さんみたいなイメージが強いけど、性格的には真っすぐな人なんです。

 義兄の大和田伸也さんも『裏表がない、いい子だよ』と認めていました。彼女は昨年末の乳がんの手術も明かしていない。女優として自分の生き方に必要ないものは表に出さない性格なんだと思います」


岡江久美子さん ©文藝春秋

 岡江は、撮影後の心境を綴った先述のエッセイを、次の言葉で締めくくっている。

〈自分をほめてあげたい〉

 63年間の人生を、女優“岡江久美子”として全うした彼女にも相応しい言葉に違いない。

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