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原監督から学んだ

 思い浮かぶのは2009年のWBCで不振に陥ったイチローだ。当時の監督、原辰徳はイチローを最後までスタメンから外そうとはしなかった。その結果、韓国との決勝でイチローは勝ち越しのタイムリーを打ってヒーローとなった。地力のある選手を信じるか否か、という局面に対峙したとき、ロマンだけでなく勝つために外さないほうがいいという判断もあり得ることを、栗山は原から学んでいた。

「もし打てなくなるのが翔平だとすれば、そこまでの努力とか向かっていく姿勢を僕は見ていますから、最後、打てなくても彼に懸けようという判断は、もちろんあり得ると思います。でも打ち方とか調子を見ていて、自分が心の中で『これは打てない』と思っているのに、それでも翔平だから、ムネ(村上)だから、カズマ(岡本和真)だから、(山田)哲人だから(使い続けるというの)はやっぱり違うんです。日本代表というチームで非情になるって簡単なことではないと思いますが……」

大会MVPに輝いた大谷 ©時事通信社

稲盛和夫の箴言に学ぶ

 栗山は野球界きっての読書家である。これまで栗山と話をして何冊の本の話が出てきたか、数え切れない。『論語』『菜根譚』『韓非子』『言志四録』『十八史略』といった古典から田中角栄、石原慎太郎、川上哲治らの著書、渋沢栄一の『論語と算盤』から『木のいのち木のこころ』(西岡常一ほか)、『羆撃ち』(久保俊治)、『ドジャース、ブルックリンに還る』(デイヴィッド・リッツ)といった多彩なラインナップ。最近では野球漫画も読み返している。

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「どうやったら若い選手たちに野球の魂が伝わるかなと思って、最近、改めて野球漫画を読んだんです。『ドカベン』(水島新司)とか『MAJOR』(満田拓也)とか……そうすると(主人公の)山田太郎とか茂野吾郎の魂が感じられるでしょ? 野球への魂、仲間に対する魂。そういうものがなければ最後の最後に本当の力は出ないんだなって……翔平のガムシャラさとか価値観って『MAJOR』が表現しているものと似てますよね。『論語と算盤』もいいけど、野球漫画の話をしたほうが今の選手には伝わるのかもしれないなと思いました。チームには物語があったほうがおもしろいし、漫画よりも現実が先へ行くような、そんなムチャクチャをしてやろうかなと……采配も含めて、型にはまらないほうがいいに決まっていますからね」

 そんな栗山がWBCの前に思い起こしていたのが、ある本で読んだ稲盛和夫氏のこの言葉だった。

「稲盛さんの『小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり』という言葉を噛み締めています。つまり、目先の小さな優しさはいいことに見えるけど、本当は相手のためにならない大きな悪につながる。でも信念を持って相手のことを本当に考えて行う大善は、厳しいことも含めて非情に見えるけど、それが将来に活きることがある、ということ。選手のためにと言いながら、どこまで大善を貫けるんだろうって思います。もっとプレッシャーをかけて、叱って、時には試合に使わず、大胆に厳しくやってあげなくちゃいけないのかもしれません」

石田雄太氏の「栗山英樹『監督論』」全文は、月刊「文藝春秋」2023年6月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

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栗山英樹「監督論」