村上を外さない理由は
3つ上の栗山とは30年のつきあいになる。テレビ局のキャスターとディレクターという関係で出逢い、1993年のワールドシリーズをともに取材した。テキサスでノーラン・ライアンの引退を一緒に見届けたこともある。その頃から栗山のメジャーリーグに対する熱い言葉は何度も聞かされてきた。だから栗山がWBCに向けた日本代表の監督に就任した直後、こう語っていたことがやけに腑に落ちた。
「僕はアメリカをやっつけたいんです。WBCはメジャーリーガーとの戦いだという認識が僕の中にありますから、そこは野球人としてメジャーリーグに立ち向かっていく大きな戦いであるというふうに考えています。僕はずっとメジャーリーグが大好きでしたし、だからといって憧れて戦うわけじゃない。あのすごいメンバーに勝ってやると思っていて、それが日本の野球にとって大きな意味を持つと思っています。野球を作った国に立ち向かうことは、野球の原点に向かうということですから、やりがいはありますよ」
アメリカをやっつけたい――栗山はWBCの前にこう語っている。そしてその言葉通り、日本はアメリカに勝って世界一になった。最後は大谷翔平がマイク・トラウトを空振り三振に斬って取り、胴上げ投手となる。栗山はこのあまりに出来過ぎたフィナーレを指して、演出した野球の神様のことを「すげえな」と言っていたのだが、果たしてそうだろうか。栗山は野球の神様の黒子として、フィナーレから逆算したシナリオをこっそり綴っていたのではないか。WBCの前に栗山が発していた言葉を辿っていくと、そう思わせる伏線がいくつもある。
最初に栗山へ突きつけられた厳しい現実は、日本の若き三冠王、村上宗隆のまさかの不振だった。村上はストライクを見逃しては天を仰ぎ、チャンスで打ち上げてはガックリと下を向いた。栗山が日本代表の4番に据えた村上は、一次ラウンドの4試合で14打数2安打、打率は.143、打点2、7つの三振、5つの四球。初ヒットが出たのは15打席目、ホームランはゼロと、思うような結果を出せずにいた。
国際試合のストライクゾーンに戸惑い、打ち方の感覚に迷い、村上はデフレスパイラルに陥ってしまっていた。前を打つ大谷が敬遠されて自分で勝負されたり、結果が出ないことを周囲に気遣われたり、23歳の三冠王は初めてのWBCで、これまでに経験したことのない屈辱を味わわされていたのである。しかし、これも栗山にとっては想定の範囲内だった。栗山は日本代表の監督に就任した直後、こんな話をしている。
「たとえば大谷翔平がまったく打てなかったとき、最後まで我慢したくなるじゃないですか。翔平の才能をわかっているからこそ、信じたいと思う。それを、バサッとスタメンから落とせるかどうか。試合に使い続けてチームが勝てなければ、彼はすごく苦しむでしょう。そのとき非情になりきれるかどうか、僕は問われると思います」