スポーツジャーナリストの石田雄太氏による「栗山英樹『監督論』」を一部転載します(文藝春秋2023年6月号)。
◆◆◆
「想定外のことは起こらない」
頼まれた色紙に『夢は正夢』と綴る栗山英樹という野球人は、ロマンチストだ。キャスター時代、苦労してきた選手の活躍に目を潤ませ、理不尽なことに怒りを露わにした。
しかし監督というポジションに就けば、ロマンばかりを追い掛けてはいられない。まして世界一を狙うとなれば、向き合わなければならない厳しい現実はいくらでも出てくる。取材を受けた経験がある選手にとっては、話をきちんと聞いて理解してくれる兄貴分だったはずの栗山が、ときに非情な指揮官となる。そのたびに「あの人は監督になって変わってしまった」と言われてしまう。かといってこれまでと同じように人当たりよく振る舞えば、監督ならばもっと厳しくすべきだとか、オーラが必要だとか、そんな声が出てきた。つまり監督になる前の“栗山英樹らしさ”と世の中がイメージする“監督らしさ”は真逆なのだ。その難しさについて栗山はこう話していた。
「僕は『今までの監督とはイメージが違う』と言われたいんです。『あの監督、何を考えているのかわからない』というのは誉め言葉ですからね(笑)。だって、こっちの心を見透かされてないってことだから……相手を驚かそうと思ったら、味方が驚いてくれないと無理。自分の頭の中を見透かされたら危機感も生まれないし、緊張感も失われるでしょう。だから僕は頭の中をさらけ出したくないと、いつも思っています」
2012年にファイターズの監督となってからの栗山は、常に野球のことを考えてきた。日本代表の監督になってからは、同時進行でいくつもの懸案事項について頭を巡らせていた。何パターンもの試合展開を想定し、準備しておく。だから栗山は野球に関して「想定外のことは起こらない」と断言していた。
「このWBCにはいくつかのテーマがあると思っていて、その中にはメジャーを圧倒できる次代のスターを作るということもあります。そのためにどんなことが起こったとしても、我慢することは必要でしょう。同時に歴史というものは“勝者の歴史”なので、勝たなければやったことが伝わらない可能性もある。野球は勝ちにいかなきゃいけないわけで、WBCは日本野球の未来のための舞台ではあるけど、1人の選手の未来のための舞台ではない。そこはブレてはいけないと思っています」
最強の日本人メジャーリーガーを招き、日本の若きスターを加える。そういうチームを作って、己の信じるロマンを貫きながら、それでもここ一番で勝ち切った指揮官――この3月、WBCで世界一を勝ち取った栗山は興奮気味にこう言っていた。
「野球の神様って、すげえな」