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植田新総裁の方針は

 山本 まず現状を確認しておきましょう。10年間続いた異次元緩和で日銀は、(1)国債の大量購入、(2)長短金利の抑え込み(YCC)、(3)株式の大量買入、を通じて、巨額の資金を市場に流し込みました。その結果、参加者の自由な意志と行動で金利や価格が決まる、という市場機能が低下してしまった。そして「企業の新陳代謝の停滞」「財政規律のゆるみ」「金融システムの弱体化」などさまざまな副作用が生じています。

 藤巻 それに私は「日銀の債務超過の可能性が高まった」も加えたいのですが、この点は後ほど。

 では、植田総裁はどのような方針でいくのか。就任会見や、初の金融政策会合後の会見で示されたのは主に次の点です。

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・イールド・カーブ・コントロール(YCC)は継続が適当。
・できるだけ早く持続的・安定的な2%の物価安定目標を目指す。
・株式・社債等の買い入れは継続。

 少し解説しますと、イールドは金利、イールド・カーブは利回り曲線で、YCCとは長期金利と短期金利を抑えこんでいることです。

 山本 基本的には従来の政策を踏襲するという姿勢でしたが、副作用に目を向ける発言も多く、将来に含みをもたせる発言もありました。

 藤巻 そうですかね。金融政策会合で示された、過去の金融政策を多角的レビューするという発表が注目されましたが、あれはただの時間稼ぎですよ。

藤巻健史氏 ©文藝春秋

YCCは止められない?

 山本 今後について私見を申し上げますと、YCC、とくに長期金利を抑えこむことは、市場機能への弊害が大きいので、なるべく早く脱却するのが望ましい。

 藤巻 植田さんはYCCを今日にも止めたいと思っているはずです。でも「やりたい」と「やれる」は全く別。植田発言の中で最も重要なのは、金融政策会合の後の記者会見で口にした「正常化を始めるプロセスが2年後、3年後、4年後になる可能性も、残念ながらあり得る」というものです。

 山本 と言いますと?

 藤巻 これは2つの点で大変な発言で、まず日銀総裁の言葉を「4年間、YCCは解除できないので、いまのように金利が低いまま」と市場が解釈すれば、一気に円安が進んでもおかしくなかった。ほとんど報道されなかったので、影響は抑えられましたが。もう一つは「YCCに手を付けたら大変なことになるから、2〜4年後でも正常化はできない」とも受けとれる点です。

 山本 YCCの解除そのものはできると思いますけどね。

YCC解除のショックはすぐに落ち着く

 藤巻 国債など債券は、価格が下がると金利が上がる関係です。いまは国債を大量に購入することで長期金利を抑えこんでいますが、止めたら長期金利が跳ね上がり、国債の価格はつるべ落としに下がっていく。

 異次元緩和で日銀は大量に国債を保有しており、その時価評価が下がると、日銀は債務超過になる。すると日銀の信用が損なわれ、発行している円の信認も失われて暴落。ハイパーインフレが発生します。副作用として「債務超過の可能性が高まった」と言ったのはこのことです。

最初の金融政策決定会合を終えた植田総裁 ©時事通信社

 山本 抑えこみを止めたら、長期金利は1%か、それを少し上回る程度に落ち着くと、市場は見ているようです。それが正しいかどうかは別として、最終的には物価と実体経済の水準に合わせて落ち着くもの。それが市場の機能ですから。イニシャル(初期)ショックは大きいけど、その混乱は尾を引かないと、私は思っています。

 藤巻 植田さんも、せいぜい1%の上昇で落ち着くと思ったから、総裁職を受けたのではないかと、私は見ています。植田さんは非常に優秀な方だと思いますが、やはり学者の先生なので、マーケットを見誤っていると思いますね。上昇が1%で止まる保証はどこにもない。

 たしかにいろんな機関投資家などが、「長期金利が1%になれば買い始めたい」と発言していますが、マーケットに長くいた私に言わせると、あの発言は「まずお前が買えよ。それで金利上昇、価格の下落が止まれば、俺も後からついていく」という意味なんですよ。

 山本 そうですか(笑)。

 藤巻 マーケットで何かショックが起きたとき、真っ先に逃げ出すのは国債村の日本人トレーダーです。国債価格が急落する局面で、手を出せる人はいません。買ったそばから値が下がるわけですから。サラリーマン・トレーダーが買い向かうのは無理。

 山本 そこは意見が分かれます。

(本稿は2023年5月9日に「文藝春秋 電子版」が配信したオンライン対談に加筆、再構成したものです)

藤巻健史氏と山本謙三氏の対談「植田日銀を解剖する」全文は「文藝春秋」2023年7月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。