「33歳にして、150キロを目指します」
どんな意識をもってその投げ方に取り組んでいるのか、又吉が解説してくれた。
「はじまりは『力の一連の流れを止めることなくやりたい』という考えからでした。セットポジションだと勢いを出そうとして体を煽ってしまう。ワインドアップだったら『助走』をする時間ができるんです」
それまでは無走者でもセットポジションで投げていた。ある日、ブルペンで若い投手陣とお喋りをしているときに何気ない流れで「最近はセットポジションの投手が増えたよね」という話題になった。ただ、又吉はふと思ったという。
「最近の横手投げは特にそうだけど、昔を思い返すとヤクルトの林昌勇(イム・チャンヨン)だったり、西武の潮崎哲也さんはノーワインドアップで投げていた。自分もやってみようと、6月7日のオリックスとの2軍戦から試すようになったんです」
その投球フォームが上半身を大きく捻っているように映ったのだという。
「セットの時と右手をもっていく位置は同じですけど『助走』がある分だけそのように見えたのかも。ノーワインドアップの方が空間的、時間的な余裕があって変な力が入らない。結果的にクイックになったときもいいバランスで投げられました。ワインドアップでもいいかもしれませんが、一度両手を上げると、僕の場合はそこから下ろしてまた上げるという作業が入るからリズムが良くないなと思ってノーワインドアップにしています」
6月10日には古巣中日を相手にナゴヤ球場で登板した。148キロをマークした。
ただ、気になることがあった。球の強さを取り戻す過程の中で自慢の制球力が落ちたのではないかと感じた。2軍戦での四球の数が少し気になったが、又吉は首を横に振った。
「コントロールを捨てて球速を上げようなんて思わない。ピッチャーが一番大事なのはコントロールですよ。(阪神の)大竹を見てもわかるじゃないですか。先日は3四球出した登板もありましたが、自分の中で狙って高低も横幅のライン出しも出来た中でボールと判定されてしまったフォアボールでした。制球が破綻しているわけではないですし、それはあくまで求めるところ」
そのうえで11月に33歳になる右腕は「33歳にして、150キロを目指します」と言った。
もともと最速152キロ。制球重視のスタイルになってから大台は遠のいていたが、「理想は高く」と語るその表情は真剣そのものだった。
「今自分ができるのはもう1つレベルアップすること」
7月4日時点。ウエスタン・リーグでの登板数は23試合となっている。ファーム登板数としてはプロ10年目で早くも自己最多(過去最も多かったのが19年の18試合)を更新している。つまり、これほど長く2軍生活を送るのはあまりなかったということだ。
「そうですね。怪我や、先発や中継ぎに新たに調整する意味合いで居たことはありましたけど、このような形は少なかったと思います」
4月の2軍降格時には「早く戻りたい」という一心だった。ただ、今は少し心境が違うという。
「もちろん悔しさはあります。ただ、いつ昇格できるかは僕自身が決めることではないですし、今自分ができるのはもう1つレベルアップすることだと思ったんです」
どんな境遇だとしても前を向く。ただ、能天気に明るく過ごすという意味ではなく、今の自分を冷静に見つめて己を磨くことを怠らない。
「ドラゴンズでやっていた時も元々すごい実績を残された方が、ベテランになってファームにいても腐らずにやっているのを僕は若い頃に見てきました。岩瀬(仁紀)さんや山本昌さん、吉見(一起)さん、浅尾(拓也)さん、ホークス絡みでいえば三瀬(幸司)さんとか。常に黙々とやっていました。今の若い選手に僕が示す番だという気持ちもあります」
自分自身がもがきながらでも、そうやってチームのことを考えてくれるベテランがいるのは本当に心強い。間違いなくチームの底上げになる。
「僕自身も今の境遇を乗り越えたときに、得るものがあると思うんです」
ペナントレースは折り返し地点だ。戦いが佳境になるほど、ベテランの経験値がモノをいうときがある。又吉はプロ10年目にして過去最高の自分になって、また1軍に上がってくるはずだ。
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