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団野村が救援の手を差し伸べた

 帰国した翔は幼なじみと結婚して家庭を持ち、すぐに子供ができた。ところがすぐに事件を起こす。

 当時、翔は仲間を引き連れてイキがっている「ヤカラ」を見つけてはしばく「ヤカラ狩り」を行っていた。2007年10月に大阪の富田林市のホームセンター前の路上で、総勢20人でそこにいた2人の「ヤカラ」に因縁をつけ、しばいた上、現金を奪ったのである。

 右翼と大乱闘をした時は15歳でグループの中で一番年下だったが、すでに18歳の翔はリーダー格になっていた。強盗致傷で逮捕された翔は、少年院行きを免れない状況だったのである。一方で兄はプロ3年目で沢村賞に選出、最多奪三振、ゴールデングラブ賞・ベストナインのタイトルを獲得するほど絶好調。しかも最初の結婚で注目を集めていた。

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©iStock.com

 その結果、翔の名前が初めて週刊誌に取り上げられることになった。

 鑑別所に入れられたが、調査官は翔に同情的だった。普通の少年ならば、この程度の罪で報じられることはないからである。裁判では両親も懸命に情状を願い出たことも寄与して、社会的制裁を受けていることが認められた。この裁判に、

「俺が引き受ける」

 と名乗りを上げたのが名監督、野村克也の義理の息子である団野村だった。

団のマネジメント会社で働きながら3年ほど東京で過ごすことに

 団は1993年には高校在学時に傷害事件を起こして退学になったマック鈴木にアメリカ留学を勧め、代理人としてメジャー入りを実現させた。1995年に野茂英雄のメジャーリーグ入りに際して、代理人を務めたことで団の名前は全国区となっていた。1996年には代理人として伊良部秀輝のメジャー移籍を実現させている。

 翔が逮捕された翌2008年、団は日本にスポーツマネジメント会社「KDNスポーツジャパン(現:Athlete Solution)」を興す。2011年オフにダルビッシュ有がメジャー移籍を表明した際にも代理人として頼ったのが団だ。この時の翔のことと関係があったかは杳として知れないが……。

 どうにか試験観察となった翔は、団のマネジメント会社で働きながら3年ほど東京で過ごすことになった。

 翔は上司と一緒に野球選手に挨拶回りをしながら、スポーツビジネスを経験することになった。野球選手からヒアリングをしてゴーストでブログを書く仕事も任せられた。初めての経験だが、

「野球の世界は上下関係が厳しいですが、不良の世界も先輩後輩の関係は厳しかったので変わらなかった」

大阪アンダーワールド』(徳間書店)

 ところが仕事を覚えはじめると悪いクセが出てくる。

「自分が好きなように生きることが、たまたま世の中的に不良と呼ばれたって感じです。だから、不良としてやってきたという感覚がないんですよね」

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