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「こめかみに空けた穴から、脳をえぐり取った」脳を切られた患者は人格を失い…危険すぎる手術が招いた悲惨な結末――医療の世界史

『世にも危険な医療の世界史』より #1

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 医療, 歴史

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ロボトミー手術を生んだ2人の男

 モニスの教えを聞いた医師のなかには、ウォルター・フリーマンもいた。のちにローズマリー・ケネディのロボトミー手術を執刀することになる、アメリカ人神経科医だ。フリーマンは脳神経外科医のジェームズ・ワッツと組んで、モニスの術式をアメリカで広めることにした。2人は1936年に最初の手術を行ったが、患者が生き延び、症状にも改善が見られたことから(患者は不安を訴えなくなり、健康そうにも見えたが「怒りっぽくて、夫に口やかましく言うようになった」)、手術を続行することにした。もっとも、多くの患者は改善していないか、改善してもごくわずかだった。多くは自発的な行動をしなくなり、幻覚症状が治らないケースも多々あった。

 この楽観的な2人組は、手術に失敗してもひるむことはなかった。手術をわずか6件こなしたところで、フリーマンとワッツは、自分たちの実績を大々的に宣伝してまわった。『ワシントン・ポスト』紙や『タイム』誌にいくつもの記事が掲載された。彼らが参加する会合には、「ぶ厚い札入れを持った熱狂的な医師たち」がわんさと押し寄せたという。5件目の手術を受けた者は、改善のきざしがなく、さらには癲癇と失禁の症状が出るという悲惨な結末に終わったが、2人の人気が衰えることはなかった。

 2人は間もなく有名人となり、フリーマンは自身の術式に「ロボトミー」という名前までつけた。モニスのルコトミーからイメージを刷新することで、フリーマンはこのポルトガル人医師から距離を置き、結果的にロボトミーはフリーマンの代名詞となった。すぐれた宣伝マンであり営業マンでもあった彼は、アメリカ中の精神科病院に宛てて何千通もの手紙や記事を送り、機会があれば積極的にこの手術に関する講演を行った。

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 1938年、フリーマンとワッツは術式を変更することにした。頭蓋骨のてっぺんに穴を空ける代わりに、こめかみを切開することにしたのだ。モニスが使っていた白質切断用メスは、堅さに問題があった。脳内で折れることがたびたびあったのだ。そこで彼らは細身のバターナイフのような器具を使うことにした。ローズマリー・ケネディもこの器具で執刀されている。ケイト・クリフォード・ラーソンが書いたローズマリーの伝記によると、こめかみに空けた穴から「幅6ミリの弾力性のあるへら」が差し込まれ、「ワッツはそれを脳の奥に押し込み、ぐいと回転させて脳をえぐり取った」という。手術中、ローズマリーは物語を語ったり、詩をそらんじたり、歌ったりするよう指示された。だが、脳を切りすぎてしまったところ、「彼女はろれつがまわらなくなった。そして徐々にしゃべらなくなった」。

 こうしてローズマリーの人格は失われた。

 術後、彼女は歩くことも話すこともできなくなり、死ぬまで障害者施設に収容されることとなる。無理矢理忘れ去ろうとしたかのように、ケネディ家の手紙にも一切出てこなくなった。だが、このような失敗をしたからといって、フリーマンは手術をやめる気はなかった。それどころか、術式を大きく変更しようとしていた。

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