眼球の上部からアイスピックを突き刺す
ある日、キッチンの引き出しをかきまわしていたフリーマンは、アイスピックを見つける。完璧な器具じゃないかと彼は思った。鋭利だが鋭すぎず、強くてちょうどいい細さ。モニスの白質切断用メスは何度も折れたし、細身のバターナイフで執刀するときは、脳神経外科医という口うるさい同伴者が必要になる。フリーマンはこうした面倒ごとから解放されたかった。
こうして生まれたのが「アイスピックロボトミー(経眼窩術式)」だ。電気ショック療法を施して患者が意識を失ったのを確認したところで、フリーマンはまぶたを持ち上げて眼球の上部からアイスピックを突き刺し、ハンマーでやさしく叩いて眼窩の薄い骨に穴を空け、脳組織まで刺し貫くのだ(フリーマンはいつもここで手を止めて写真を撮らせた)。それからアイスピックを左、右、上、下へと動かしたあと、もう片方のまぶたでも同じことを繰り返す。術後、患者の目のまわりにはあざができるが、成功すればおとなしい人間に変貌した。
フリーマンの相棒ワッツは、この新しい術式には手術室も自分も不要になると腹を立てたが、フリーマンは気にもとめなかった。今や彼は、国中でこの奇跡の治療法を指導してまわりながら、好きなだけロボトミー手術ができるのだ。さらに彼は自分の車を「ロボトモバイル」と呼び、手術道具を一式詰め込んで旅先でも執刀できるようにした。おまけにロボトミー手術を行った患者を「トロフィー」と呼ぶ始末……。
だが、フリーマンにも反対者がいなかったわけではない。脳細胞を切ってかきまわしただけで、「正常な精神状態」に戻れるはずがないと考える人は多かった。米国医師会(AAA)の会合では、医師らはフリーマンを手厳しく批判した。のちにある内科医がこう嘆いたという。「この手術でゾンビにされた患者の数を見ると、胸が締め付けられる思いだ。今やロボトミー手術は世界中で行われているが、治った患者よりも、精神が破壊された人の方が多いのではないだろうか」
やり方は残酷だったものの、フリーマンは詐欺師ではなかった。精神医学界がかかえる大きな問題、すなわち患者が多すぎて家族と社会の重荷になっていることを解決するのはロボトミーだと、彼は心底から信じていたのだ。