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「こめかみに空けた穴から、脳をえぐり取った」脳を切られた患者は人格を失い…危険すぎる手術が招いた悲惨な結末――医療の世界史

『世にも危険な医療の世界史』より #1

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 医療, 歴史

note

 だが、この手術によって再起不能となった患者や、出血多量で死んだ患者は少なくなかった。その多くは女性だ。ロボトミー手術は脳が発達しきっていない子どもにも行われ、一番幼い患者はわずか4歳の幼児だった。知能が低い、または手に負えない性格で「頭痛の種」となる親族や子どもは、ロボトミー手術を受けさせられた。ローズマリー・ケネディと同じように。

 ハワード・ダリーは、『ぼくの脳を返して——ロボトミー手術に翻弄されたある少年の物語』(WAVE出版)と題する伝記を執筆した。この本のなかでは、精神的に問題がない12歳の少年が、そのやんちゃな性格ゆえに継母に疎んじられる。6人の精神科医が少年は精神疾患ではないと診断したが、継母は少年にロボトミー手術を受けさせたがった。4人の精神科医が、治療が必要なのは継母の方だと診断したが、結局継母は、フリーマンを説得して少年のロボトミー手術を執刀させた。

最後の犠牲者

 フリーマンは1967年に、彼の手術によって女性患者が脳出血で亡くなるまでロボトミー手術を続けた。だが、その時すでにロボトミー手術は寿命が尽きようとしていた。クロルプロマジンと呼ばれる化合物が誕生したからだ(製品名は〈コントミン〉)。〈コントミン〉は史上初の効果的な抗精神病薬で、完璧ではないものの、これを使えばロボトミーよりもはるかに人道的に治療ができた。

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 今日の脳神経外科学では、科学的根拠に則って厳密できめ細かな治療が行われている。かつての穿頭術のような処置とは比べものにならない。また、複雑な脳の仕組みや精神疾患への理解が深まったことと、複数の分野にまたがるセラピーや投薬治療が可能になったことで、精神医学も大きく変わった。外科手術は今もあるが、ごくまれにしか行われていない。

 アイスピックはもう長いこと使われていない。

世にも危険な医療の世界史 (文春文庫)

世にも危険な医療の世界史 (文春文庫)

リディア・ケイン ,ネイト・ピーダーセン ,福井 久美子

文藝春秋

2023年9月5日 発売

「こめかみに空けた穴から、脳をえぐり取った」脳を切られた患者は人格を失い…危険すぎる手術が招いた悲惨な結末――医療の世界史

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