モヤモヤしたまま、気づけば1シーズンが終わっていた。
文字起こしをするために約2週間前の取材音源を聞くと、会見場の重々しい雰囲気がまざまざと蘇ってくる。
10月5日、西武の山川穂高が例のスキャンダルを起こして以来、初めて公の場で報道陣に対応した。
「5日、空けておいたほうがいいらしいですよ」
数日前、球団職員に情報を聞いたという知人の記者に教えられた。内容は伝えられていないが、何か重要な発表がある、と。普通に考えれば、山川が記者陣に対応することしかないだろう。
5日朝、西武からフェニックスリーグの参加メンバーに山川が含まれると発表された直後、広報から電話がかかってきた。山川が自ら希望し、同日の練習後に囲み取材に応じるという。
同日13時、指定された球団施設内の場所に行くと、約30人の報道陣が待ち構えていた。テレビ、ラジオ、新聞に加え、Web媒体や数人のフリーライターという、日常的に西武を報じている媒体の記者がいる。週刊誌記者の姿はなかった。
「家族を裏切るような人間は信用できない」
一般的に有名人がスキャンダルを起こした場合、会見を開いて説明するケースが多いが、今回は山川本人の意思で応じる囲み取材という形式が取られた。
1対1のインタビューでは質問を直接やり取りしながら対話を深められるのに対し、多くの記者が機を見て質問を投げかける囲み取材では胸の内を聞き出すのが難しい。
それでも、司会者が間に入る会見より、“さらとい”(質問の回答に対し、さらに質問すること)をしやすいのは間違いない。
今回はスキャンダルの対応ということもあり、山川は慎重に言葉を選ぶはずだ。どうすれば本心に近い言葉を聞き出せるか。質問を4つに絞り、一番聞きたい内容を最後に持っていくことにした。
最初にテレビ局の質問が終わり、ペン記者の番になって2人が聞き終えた後、山川に声をかけた。
――今回の件で守ってくれたり、支えてくれた人って、どなたでしたか?
「やはり一番は妻です。娘は少し小さい(4歳)ので、どういうことが起きているかというのは正確にはわかってないと思うんですけど。本当に妻はこんな僕でも、以前と変わらず、優しくしてくれましたね。本当に申し訳ない気持ちと、これから僕もまた一からやっていって、家族と一緒に頑張っていきたいなという気持ちになりました」
山川が私に向けた目は充血していた。家族について語る言葉は時に詰まり、心の底から発せられているように聞こえた。
本人も認めるように、今回のスキャンダルは山川の軽率な行動がすべてを招いたのは大前提である。
ただし、検察が嫌疑不十分で不起訴と判断した限り、後は当事者たちの問題だ。倫理的に問題のあった行為が家族の中で解決済みであるなら、外部がそこに立ち入るべきではない。それが個人的な見解だが、異なる声も聞こえた。「家族を裏切るような人間は信用できない」。あるライオンズファンがそう話していた。
なぜなら、プロ野球は選手の生き様を見せる産業だからである。そうした前提に立つと、山川は到底受け入れられないという意見だった。
以上を踏まえ、山川に2つ目の質問をした。
――家族の問題について僕は「外部の人間が立ちいることではない」という立場ですが、世間の人に聞くと「家族を裏切るような人は信頼できない」という人もいる。奥さんと山川さんはどういう話をして今に至っているのかが重要で、全部を言わなくてもいいし、言えないことも多々あると思うんですけど、もし言える範囲で言うことで、世間の意見ももしかして変わるかもしれない。奥さんとどういう話をしたんでしょうか?
「もちろん当初からすぐに話しました。それで叱られましたし。それでも、その後は毎日『頑張って』と言ってくれたので。そういう話を毎日しました」
質問に私情が入ってしまった。1対1のインタビューならそれでも良かったのだろうが、囲み取材では適切な聞き方ではなかったかもしれない。
取材者の私にとって、山川はそれほど特別な選手だった。
プロ野球選手は公人か、“一人の人間”か
元サッカー日本代表の中村俊輔がスコットランドのセルティック時代、私はスポーツ紙の通信員として近い距離で4年間密着取材した。ずっと近くにいるメリットも大きかった一方、反省点を踏まえ、帰国後は選手と一定の距離をとるように心がけている。
そうして私情を極力挟まず、取材対象を俯瞰的に見るようになるなか、薄れていったものがある。ファン心理だ。
今回、スキャンダル発覚の直後、球団関係者から「山川は会見を開いて言いたいことがある」と伝え聞いた。しかし捜査が進行中であることもあり、山川が語る場は用意されず、時だけが過ぎていった。
もし余計なことを話したら、ダメージになるだけだ。そうした“裏側”の事情を想像すると、山川に発言の機会が与えられなくても「仕方ない」と感じた。
だが、前述のファンに意見を聞くと、受け止め方がまるで違った。「山川は自分の口で説明もせず、逃げている」と言うのだ。確かに裏側の事情を知る者でないと、山川は“卑怯”と映るかもしれない。
そこで3つ目の質問をした。張本人の山川自身はどう感じてきたのだろうか。
――今日まで、記者の前で山川さんは言いたいことがいっぱいあったと想像します。自分は報道されたようなことをしていないとかも含めて。それを言えない苦しさって、どう抱えて処理してきたのでしょうか?
「(5秒ほど間があいて)やはり、いろいろな意見を言われるのは当然のことだと思います。僕が本当に何もしてないというか、まるっきりそういう話がそもそもないのであれば、また話は違うと思うんですけど。僕に原因があるのは確かなので、それも全て受け入れていく。受け入れて、僕が反省して、一つひとつ真摯に、本当に受け止めていくしかない」
言いたいことはあっても、公の場で口にしないほうがいいことは誰にもたくさんある。特に社会で「公人」として扱われるプロ野球選手はそうだろう。スキャンダルが大きく報じられるのは、彼らが「有名」であるからだ。良し悪しは別として、私生活も含めて世間の関心を集める存在である。
同時に言えるのは、プロ野球選手も周囲と変わらぬ“一人の人間”だということだ。もしスキャンダルを起こしても、相応の処分や社会的制裁を受けた後は、復帰できる世の中のほうが望ましい。人として一線を越えるような犯罪を犯した場合でない限り、社会のなかで才能を再び発揮する機会が与えられるべきだ。
以上のようなことを考えて、一番聞きたかった質問を最後にした。