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別れる理由は「夢」一択。夢に向けての「成長」「挑戦」を決め手とせよ。

 泣いてすがる相手を納得させる万能の免罪符、それは「夢」です。人生を懸けて追いかけてきた大きな夢、そのための別れだと言われれば相手も引き下がります。愛すれば愛するほど、「その夢が叶うこと=相手の幸せ=それを応援することが愛」という思考になるからです。「私」と出会う前からの大きな「夢」、できればそれを結婚する前からチラつかせておき、その「夢」に向かうためには今この決断による「成長」「挑戦」が必要なのです、というロジックでいきましょう。間違っても金とか設備とかハッキリ答えを言ってはいけません。金に愛が負けるのはみじめですし、金で勝っているときにも負けたら「私」はもっとみじめです。誰かと比較して「私」を否定する要素は一切排除し、「私」を褒めちぎりながら、それでもあえて厳しい道を行く、そういう姿勢で押し切りましょう。

 あと、大人しく待たせておくには、ウソとは断じられない程度の甘い約束をしておくとよいでしょう。夢追い人の別れ話でよくある「いつまでも君を愛している」「ビッグになっていつかきっと迎えに来るよ」系のウソです。これはモンスターを大人しくさせるのが目的でありますので、なるべく時間を稼げる内容がよいでしょう。10年くらい時間を稼げば別れ話のことも忘れると思いますので、怒りが持続しないようにとりあえずその場だけなだめられればOKです。そうすれば「私」は勝手にプリンセス プリンセスの「M」でも歌いながら、彼の夢のために身を引いた健気な自分に酔って大人しくしているはずです。

 ということで、先ほどのコメントを書き換えてみました。

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【とある選手のコメント例をもとにリライト】

「ファンの皆さま、いつも熱いご声援をありがとうございます。

 このたび、私●●はFA宣言をすることといたしました。

 埼玉西武ライオンズに入団して以来●年間にわたり、たくさんの方のご指導とお力添えをいただき、このような機会を得るまでに至ったこと、心より感謝しております。

 シーズンを終えてから、この宣言をするまでにはたくさんの葛藤がありました。宣言をするだけでもファンの皆さまを悲しませることになるかもしれないと思い悩みました。それでも私がこの宣言に至ったのは、プロ野球選手としてもっと成長したい、もっと上手くなりたい、日本一の捕手になりたいという夢があるからです。

 これまで無我夢中で歩んで来た日々を振り返りながら、これからの自分を成長させる道はどこにあるのか、どんな挑戦をしていくべきなのか、この貴重な機会にとことん考え抜き、これからの野球人生に向かっていきたいと思っています。

 今はまだ何も結論は出ていません。

 ただ、どんな結論に至ったとしても変わらないことは、私をプロ野球選手として育ててくれたのは埼玉西武ライオンズであるということです。どんな道を行くことになったとしても、ライオンズの一員としての誇りと、これまでいただいたご声援への感謝は決して消えることはありません。そして、どんな道を行くことになったとしても、その道はいつか必ずまたライオンズにつながるだろうと思っています。

 必ず、日本一の捕手になります。

 そのために自分自身と深く向き合って、結論を出したいと思います。

 改めまして、このような機会をいただけたことに感謝申し上げます。

 ●●年●月●日 埼玉西武ライオンズ●●●●」

 とか言っておけば、あとは1ヶ月くらい神妙な顔で悩んだフリをしてから「新たな環境でゼロからの厳しい競争に身をさらし、自分自身を鍛え直すことがこの先の成長に不可欠な挑戦であると考えました」などと、移籍しないとできないことを決め手に挙げれば円満に話は通るだろうと思います。同じ意味でも「ぬるま湯だったから」「マンネリ化したから」などの言葉選びをすれば泥沼化は必至ですので、くれぐれも気遣いを忘れないように。もちろん、あんまりいいオファーが来なかった場合には「この宣言をして以来寄せられたファンの皆さまの声の大きさに、改めてこのチームで優勝したいという想い、この声援こそが自分の成長の原動力だという想いが強まりました」とかで元サヤを検討してもいいでしょう。出て行く感が強過ぎても気分がよくないですし、残る感を出し過ぎても別の結論に至ったときの怒りが強まりますので、どの選択肢にも偏らないフラットな姿勢と、決して変わることのない「私」への愛を貫くことを忘れずに。

 よくある間違いとして「自分を一番必要としてくれるところで投げたい」的なことを言ってしまうことがありますが、それは球団向けの話であってファンに聞かせる話ではありません。それを言えば「必要としてるのは私だよ! 私! ワ・タ・シ!」「それとも必要としてくれる=金って意味?」的な闇が増幅します。「子どももいるので、家族と相談します」とかも、「誰かの意見で私を捨てるの?」「やっぱり本当の家族が大事なのね……」「それとも家族と相談=金って意味?」的な闇が増幅します。「移籍を前提にして権利を行使するわけではない」なんてのは、「じゃあ何のために行使するのよ!」「そんな軽い気持ちで別れるかもなんて言わないでよ!」と黒い炎すら生みかねません。ましてや、離婚したがっているという噂話が広がるなかで無言を貫くというのは、噂を認めたも同然。沈黙の時間が延びるほど「私、全部知ってたのよ」「もう言い訳さえしないのね」「私、ただ、あなたに謝ってほしかっただけなのに……」から始まる闇はドス黒くなるでしょう。どれも、FA移籍を最愛の人との別れ話と思っていれば、するはずがない間違いです。これを言うと「ウソにしても盛り過ぎでは?」と思うかもしれませんが、宣言と同時に「辛いです……」と泣くくらいでちょうどいいのです。それぐらいの悲恋だと思って、協議を進めていただきたいもの。

 キレイに円満に別れることさえできれば復縁はわりとチョロイですので、「あー、引退試合もできずに中途半端な戦力外になってしまったなー」みたいなときにも、元サヤ復縁が保険として機能するでしょう。「ゴメン、俺、メジャーで夢を叶えられなかったよ……」とかうなだれておけば「いいのよ、私、あなたがメジャーでもマイナーでもどっちでもいいの……」とか言って抱き締めちゃったりするんじゃないかと思います。「探していた宝物は見つかったよ、俺の宝物は君だったんだ」とか言って戻ってきてくれたら、アドレスのMのページを破り捨てて「おかえり……!」って抱き着きにいくんじゃないかと思います。私ども、チョロイですからね。引退試合請け負い球団ですからね。そんなに難しい話ではないはずです。

 それでは埼玉西武ライオンズからの脱出をご検討中の皆さま、キレイで円満なお別れとなりますよう、私どもファンへのお気遣いをどうぞよろしくお願いいたします!

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