文春野球コラムペナントレースはこのシリーズ第7戦を持って完結する。最後なので、ものすごく個人的な話をさせていただこうと思う。パ・リーグに棲んでいる野球バカのことが書きたい。まぁ、HIT数のことを考えれば明日のファイターズを背負って立つ選手を励まし、ファンを勇気づけるコラムを書くべきだと思うが、もしかしたらあいつらのことを書くのだって誰かを励ますことになるかもしれない。

 最後の最後に自己紹介するが僕は野球バカだ。村瀬秀信コミッショナーから「12球団各チームのファンを12人揃え、1シーズンかけてペナントレースをやりたい」(後に「チーム制」になり、書き手はローテを組むことになる)と文春野球の主旨を伝えられたときは興奮した。とうとう文系野球バカの出番が来た。

 野球はやっぱり体育会系野球バカの分野だったのである。プロOBと記者が正規軍だ。野球にとり憑かれ、四六時中野球に妄想し、暑くても寒くても球場以外どこにも行くあてがないからいつでも球場にいる、愛すべき野球バカたちのことは眼中にない。いないのと同じ。入場料を払うだけの存在。お客さん。ワーワー野次を飛ばしているだけ。

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 だけど、野球バカの何人かが目立ちはじめたのだ。あれは90年代くらいだろうか。

 それまで池井優先生やパンチョ伊東さん、福島良一さんのように大リーグへ向かっていた文系野球バカの意識が、平場の、普段着のプロ野球に向けられる。知人のなかでは綱島理友、小関順二両氏が先駆的な存在ではないか。「早大野球部出身の朝日新聞記者」的な特権性はいらないのだ。ただむちゃくちゃ野球が好きで、妄念にとり憑かれ、どうにも止まらなくなっていればいい。そうすると周囲が呆れ、何か書く機会をくれたりするのだ。

 90年代は野茂英雄がMLBへ雄飛した時代だ。まぁ、僕に言わせれば野茂、イチローの類型は「競技エリートでありながら、文系野球バカ(MLBバカ)の心を持った男」になるのだが、それはこの際、措く。

 野茂に去られて、MLBの下部リーグ化したNPB(だって、野茂のMLB新人王をみんな喜ぶんですよ。フリオ・フランコにはNPB新人王あげないのに!)、なかでもパのドメスティックな球場が僕らの遊び場だった。プロ野球が親会社持ちで何とか回せていた最後のモラトリアム期、いつ行っても球場に空席があり、目視で仲間が見つけられた時期。僕は色んな球場で、野球ファンの集まる店で、とんでもない野球バカに出くわすことになる。文春野球の最後の最後にあいつらのことが書きたいのだ。綱島さんや小関さんのようには名を知られていない、いわば「無名バカ」のことを。

衝撃的だった「桃井会」との出会い

 最初にお見せしたいのは『東京日ハムスポーツ』だ。手元に送られてきた2023年6月23日号がある。手書き両面コピー、全4面の媒体。1面トップの見出しは「桃井会30年」。この桃井会というのが、思いついたときに『東京日ハムスポーツ』を発行している。編集長はIさんという日ハムファンの女性。

「東京日ハムスポーツ」最新号。異様なまでの熱気が紙面から立ち上がってくる ©えのきどいちろう

 この桃井会と出会ったときが衝撃的だった。記憶があいまいだが、90年代の中頃、確か東京ドームの関係者出入口の辺りだったと思う。後楽園ホールの隣りにファミレスのような店があり、そこへ行こうとしていたら「P」のマークのパ・リーグ審判帽をかぶった男女4人組に出くわしたのだ。そんな帽子、市販しているのを見たことがない。「君らは一体、何者だ? その帽子はどこで売っている?」と誰何(すいか)した。そうしたら「桃井会の者です。桃井審判を応援する会です。今、桃井さんの出待ちをしています」と言う。腰が抜けるほど驚いた。

 桃井審判は桃井進さん、現在はプロ野球審判員を辞められている。80年ドラフト4位でロッテに入り、通算1軍出場17試合、ブルペン捕手を務められた後、89年から審判員に転じておられる。この桃井会の人たちは(各々、ひいき球団はありながら)大の桃井審判好きという共通項で固く結ばれている。できる限り桃井さんの入り待ち出待ちをして、「今日、あのストラックアウトかっこ良かったっす」などと感想を伝える。桃井審判の予定はNPBが公表していないため、桃井さんご自身に尋ねる。だから彼らの週末予定は球団の試合日程じゃわからないのだ。桃井審判の予定に合わせて動いている。

「桃井さんのどんなところが好きなんですか?」、それは訊くしかないだろう。「いっしょうけんめいなところです」、女性が言った。Iさんだ。彼女は日ハムファンなので僕のことを知っててくれた。「この審判帽は特注でつくったレプリカですけど……、こっちは桃井さんからいただいた本物なんです。見てください、帽子のヒサシの裏に『全力集中』って書いてある。これは桃井さんが書いておられたんですよ」。

 僕は桃井会の熱心さ、目線のユニークさにしびれた。で、仲間になった。以来、あちこちの球場で出くわし、会報の『東京日ハムスポーツ』も送られてくるようになる。「野球を楽しむ」というとき、フツーはひいきチームが勝ったり、推し選手が活躍したりするのを喜びとする。彼らはそこに「ずらし」を入れるのだ。ひいきチームが勝つのに越したことはないが、もし負けてしまい、推し選手が4タコでも、勝敗と並行して「審判の活躍」も見つめているからハズレの試合がない。「今日の〇〇審判のあのコールは見せ場だった」、「若手の〇〇審判の成長が頼もしかった」等、語るべきポイントはいくらでもある。「一粒で二度おいしい」じゃないけれど、野球を何倍も楽しんでいる。

 桃井会30周年おめでとう。桃井さんが退かれた後も、彼らは審判目線を軸にマイペースの活動を続けている。最新号によれば、今年は韓国・蚕室スタジアムで入り待ちを断行し、「KBO審判員入れ食い」状態だった由。まことにめでたいじゃないか。