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「責任もありますから行くしかなかったですね」元ファイターズのエース・吉川光夫が明かす日本シリーズの記憶

文春野球コラム 日本シリーズ2023

2023/10/29
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 栃木県小山市、廃校になった小学校校舎&グラウンドをリノベーションした野球施設「小山ベースボールビレッジ」を訪ねた。吉川光夫投手(栃木ゴールデンブレーブス)に会いたかった。吉川光夫は僕のいちばん好きな投手だ。僕は彼のピッチングが見たくて何度も栃木に足を運んでいる。コーチ兼任ではあるけど、今も吉川は胸のすくようなピッチングを見せてくれる。いつもその姿に胸が熱くなる。

 吉川光夫に日本シリーズを語ってもらおうというのが今回の主旨だ。吉川はルーキーイヤーの2007年日本シリーズ(第4戦)、防御率1位&リーグMVPに輝いた2012年日本シリーズ(第1戦、5戦)、3度先発のマウンドに立っている。日本シリーズに関してはこれまでほとんど語られて来なかったと思うのだ。ファイターズの元エース、吉川光夫にNPBの晴れ舞台、日本シリーズを語ってもらおう。(構成/えのきどいちろう)

吉川光夫投手(栃木ゴールデンブレーブス)と筆者 ©えのきどいちろう

「なんか違うなあっていうのはずっと感じながら迎えた日本シリーズでした」

――よろしくお願いします。探したんですけど、吉川さん、日本シリーズを語ってる記事あんまりないんですよね。

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「登板数でいうと投げさせてもらってる方だと思うんですけど、1勝もできなかった苦い思い出っていうイメージですかね」

――やっぱり日本シリーズ緊張するでしょうね。報道陣も数が多いし、注目度が違う。

「始まる前はめちゃくちゃ緊張してる気がします。早く始まって欲しいなと。待ちきれないとかじゃなくて、始まっちゃったほうが自分の中で楽になれるんで。始まってしまえば、あとはやるしかないんで。投げる瞬間まで。ブルペンで練習、キャッチボール始めるくらいまではすごいイヤです。うわーと思ってますよ。シミュレーションは一応してます。何番が誰で、こう入ってこう攻めて……。シミュレーション通りに行くときも行かないときもあります。特に日本シリーズみたいな短期決戦では打線の入れ替わりが激しいんで」

――ファイターズファンにとってはやっぱり2012年、絶対的エースとして原巨人と激突した日本シリーズですかね。栗山監督最初の年。14勝5敗、防御率1.71の成績で晴れ舞台に立ちました。

「あのシリーズは……、当たってみてジャイアンツがどうとかより、自分の状態があまりにもよくなかった……。CSソフトバンク戦の第1戦投げたとき、7回、多村(仁志)さんにどん詰まりでショート抜かれたぐらいですかね。それぐらいからボールに、なんか引っかかんないなあ、ま、勝ちはしましたけど、なんか違うなあっていうのはずっと感じながら迎えた日本シリーズでした……」

――不安を抱えていらした。吉川さんはシリーズ第1戦の1球め、どんなことを考えるんですか?

「あんまり何も考えないんですよね。とりあえず、1球め、腕振ってしっかり投げようってしか思ってない。あんまり、ああだこうだは考えないようにしてます。考えないようになりました。ストライク入んなかったらどうしようじゃなくて、バッターと勝負するってことだけを考えるようにしてるんで。前の年(2011年)ぐらいからは、もうコントロールっていうのは不安なかったんで、あとは腕振るか振らないかの違いぐらいかな」

吉川光夫は僕のいちばん好きな投手! ©えのきどいちろう

――コントロール。吉川さんはルーキーイヤーに4勝して、その後、コントロールが課題と言われ続けます。で、2012年大変身する。前の年、どういう気づきがあったんですか?

「2011年から負けてはいたけど、抑えてはいたんですよ。38イニング投げさせてもらって、その間に7回無失点1失点……。結構、抑えてる期間もありながらだったんで。しかも、その1年は、1球も力まない、どこ行っても何があっても1球も力まないって決めた1年間だったんで」

「田中賢介さんと何年か前から自主トレさせてもらってて、その話のなかで、『何か1年間やり続けるっていうのがいちばん大事だよね』って言ってもらって。1年間やり続けるってすごい難しいことで。1年間やり続けて、それが終わってからじゃないとわからないことって沢山ある。で、考えたのは『思いっきり投げることって必要なのかな』でした。ピッチャーなら思いっきり投げて勝負したいってことはあるじゃないですか。でも、必要なのかなと思ったときに……、何か一個変えなきゃと思ったときに、あ、やめようかなって思って。で、まる1年間、力んで投げることをやめようと思ったんです。その1年間はすごく大事な1年でした」

――僕は吉川さんの「力まないようにしよう」っていう投球前のルーティンが好きなんですけど。つまり、剛球左腕のイメージがあったけど、2012年、実際にはズドーンじゃなかった??

「ズドーンじゃないんですよ(笑)」

「今、見てみても低いですよねヒジ」

――えーと、手元に『「輝け甲子園の星」増刊 2012日本シリーズ速報』(日刊スポーツ出版社)があります。ここに第1戦の吉川さんの写真が……。

「あ、これ。今、見てみても低いですよねヒジ。完全にヒジが低いです。状態が良くないです。この辺で投げてるから。だからたぶん、球が抜けるんですよ」

 写真を見て、おお、と唸った。2012年10月27日東京ドーム、日本シリーズ第1戦の吉川投手の腕はタテ振りではなく、ヒジを下げた位置のヨコ振り気味になっている。痛みを堪え、ヒジをかばうフォームになっている。コントロールの課題を克服したはずのエース吉川は確かに球が抜け、ストライクを取るのに苦労していた。取材に同行した今井豊蔵・臨時カメラマンが「正面から撮ると、いつもは腕が高くてボール握った手が画面から切れる。この写真はヒジが折れて一枚に収まってる」と言った。

――4回無死2塁、阿部慎之助に外角のカーブを拾われるんですよね。

「その辺、全然覚えてないです……。僕は、あまり、どの試合どの試合って言われてもほとんど覚えてないですね。今の方が忙しすぎて(笑)」

――で、ボウカーにホームランを食らう。3ランでした。

「ボウカーですね。あのホームランは覚えてます。スライダーですか。ヤバい!って思った瞬間、もう入ってました」

「阿部さんのタイムリーっていうよりも、僕はボウカーに打たれたことが、ボウカーに2試合連続打たれてるんで、そのイメージのほうが強いです。抜けたスタイダー……」

「拾われてる分には投げ切ってるんで、向こうの技術が上じゃないですかって言えるんですけど、失投に関しては僕の技術で負けてるんで、そっちのイメージのほうが強いです。僕の失敗なんで」

2012年の日本シリーズ第5戦に先発した吉川光夫 ©時事通信社
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