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 ティールらは秘密裡に調査を行い、ブランド価値はXドットコムよりペイパルが上との結論も得た。だがこれがマスクの逆鱗に触れ、会社のウェブサイトからペイパルの表示がすべて消される騒ぎとなったこともある。

 9月頭、ティールたちは、“マスクおろし”を決意する。

 マスクは、新婚旅行中だった。結婚したのは8カ月前だったが、新婚旅行にいく暇がなかったのだ。

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 クーデター派は、ティールにCEO返り咲きを打診。ティールが了承すると、嘆願書にほかの社員の署名を得た上で取締役会に直訴することにした。

 新婚旅行先から会社へ電話をしたときに、何かおかしいと感じたマスク。果たして新婚旅行の4日目に、「素晴らしいリーダーシップを持つマスクに陰謀を仕掛けるとは何事か」という取締役会宛のメールが、CCでマスクにも届いた。

 

 このメールで事態を把握したマスクは裏切られたと思い、次のように返信した。

「ただただ悲しくて、言葉もありません。全身全霊で努力してきましたし、Zip2(一番初めに起業した会社)で得た現金もほとんどすべてをつぎ込みましたし、結婚生活さえ犠牲にしてきました。であるにもかかわらず、申し開きの機会さえ与えられることなく断罪されたのですから」

「最初はすごく腹がたちました。闇討ちさえ考えたほどです」

 撤回を拒否されたマスクは、飛行機のチケットを買い、急ぎ帰国。Xドットコムの事務所に着くと、自分を支持してくれる社員と対策を練った。夜遅くまで続いた会議のあと、マスクは、事務所に置かれたビデオゲーム機に向かい、ひとりで『ストリートファイター』を何度もプレイした。

イーロン・マスク氏 ©時事通信社

 経営幹部は、マスクの電話には出ないようにとティールに言われていた。マスクは妙に説得力があったり脅してきたりするからだ。そして、取締役会でマスクのCEO退任が決まった。マスクはペイパルを追い出されたのだ。しかし、意外なことにマスクは落ち着いた礼儀正しい対応だった。

 当時を振り返って、2022年の夏にマスクは伝記作家ウォルター・アイザックソンにこう語った。

「最初はすごく腹がたちました。闇討ちさえ考えたほどです。ですが、あのままだったら、私は、いまもペイパルであくせく働いていたかもしれません」

 少し口をつぐんだあと、マスクは、ふと笑った。

「私がCEOにとどまっていたら、ペイパルはいまごろ1兆ドル企業になっていたでしょうけど」

イーロン・マスク 上

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売

イーロン・マスク 下

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売

イーロン・マスク 上

イーロン・マスク 上

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売