幻覚や妄想で他の入居者を泥棒扱いする、他の部屋に勝手に入り込む、暴言を口にしたり、暴力をはたらく……。認知症はしばしば「妄想」を併発するため、通常の介護よりも一層気を使わなければならないことがしばしばあるという。いったい現場では、どのようなトラブルが発生しているのか。
ここでは、認知症介護のグループホームで働く畑江ちか子氏の『気がつけば認知症介護の沼にいた。』(古書みつけ)の一部を抜粋。同氏が施設で体験した入居者との壮絶なエピソードについて紹介する。
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巡回であった本当に恐ろしい出来事
1時間前は普通にトイレに行っていたとしても、その30分後には息をしていない可能性もある……高齢者とは、そういう人たちである。なので、夜勤者には「巡回」という大切な仕事がある。
定時に利用者の各居室を回り、皆の安否や変わったことがないか確認していくのだ。時間の間隔は施設によって様々だと思うが、うちの施設では、1時間に1回、巡回をしていた。
巡回ではベッドに横になっているのを確認するだけでなく、呼吸状態もしっかりと確認しなくてはならない。寝息が静かな人は鼻に手を近づけ、息をしているか確かめる。それが規則正しい呼吸かどうか、苦しそうではないか……9名全員の状態を、その日の夜勤者が責任を持って見守り続ける。
この巡回をサボり、朝になって亡くなっている人に気がついた……という事故が、過去に実際あったらしい。なので最初の頃、私は1時間に1回では不安で、30分に1回は巡回に出てしまっていた。しかしそれは利用者の安眠妨害にもつながるし、他の仕事もできなくなってしまうのでやめた。
巡回は21時~翌朝5時まで、合計9回ある。
この日、私は最後の5時の巡回に出た。
よしよし、皆ぐっすり寝ている……呼吸状態も異常なし。
あと2時間もすれば、順番に起きてもらわなくてはならない。それまでゆっくり眠っていてね……と、私は各居室を回っていった。
次はお餅大好きな外国人利用者、ヨウさんの部屋だ。
ドアの取っ手をそっと掴み、音を立てないよう静かに扉をスライドさせる……。すると、ヨウさんはベッドではなく、その向かいにあるタンスの前でうずくまっていた。
え!? どうした!? もしかして、具合が悪い? いや、転んだのか……!?
心臓をバクバクさせながらよく見ると、彼はタンスの一番下の引き出しを全開にし、その中にしゃがみ込んでいる。
そして、そこにおしっこをしていたのだ……。