結局、カトリック教会からの猛烈な反発を受けて、この作戦は中止されるのですが、それまでにおよそ7万人が殺されたと記録されています。さらに、その後も精神科医や看護師によって安楽死は続けられ、他の殺害方法も合わせると最終的に20万人以上が殺されたと言われています。
一連の事件は、優生思想が引き起こした最悪の出来事として、広く知られています。しかし、それは決して過ぎ去った昔の話ではありません。私たちの社会には依然として優生思想の空気――すなわち、生き残るべき人間を選別し、劣った人間は淘汰したいという願望――が漂っています。そしてそれが、時として凶悪な事件として顕在化し、多くの犠牲者を出しているのです。
ヒトラーと植松聖の共通点
2016年7月26日、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で、元職員による大量殺人事件が起こり、世間に衝撃を与えました。この事件は一般に「相模原障害者施設殺傷事件」と呼ばれます。犯人の植松聖は、入居している知的障害者19人を刺殺し、職員を含む26人に重軽傷を負わせました。
注目を集めたのは、植松が犯行に至った動機です。もともとそこで働いていた植松は、その心中を次のように語りました。重度障害者への社会保障は「税金の無駄遣い」であり、「重度障害者を安楽死させれば、その分のお金が循環し、世界平和につながる」ため、自らの犯行は「全人類の為」であった――すなわち彼は、被害者に対して個人的な怨恨があったわけではなく、公益のために犯行に及んだと考えていたのです。
障害者への社会保障が税金の無駄遣いである、というロジックは、まさにナチ党が障害者を差別するために用いたものでした。植松は「ヒトラーの思想が降りてきた」と語っており、識者の間では両者の思想的な連関が指摘されました。もっとも植松自身は、その後、この言葉を「軽い冗談だった」と言い、訂正しています。ただ、それが冗談で済まされない発言であることは言うまでもありません。
本人が自覚していないだけで、やはりナチズムと彼の間には明らかな思想的共鳴があるのではないでしょうか。それは、優れた人間によって世界を作り、劣った人間を淘汰したい――そうした、社会のなかに伏流する呪いが顔を出したものなのではないでしょうか。ミュウツーの思想も、その表れの一つなのかも知れません。