失敗やミスをしたときにも前向きな考えを持てる。 前向きな気持ちを持てることで、チャレンジ精神を持って行動できる。チャレンジ精神を持てることで成功に近づく……。自己肯定感を高めることで得られる種々のメリットはネット上で頻繁に喧伝されている。

 しかし、精神科医の斎藤環氏は、インスタントに幸福度や自己肯定感を高めることは危険性も孕んでいると指摘する。はたして、その真意とは。同氏の新著である『「自傷的自己愛」の精神分析』(角川新書)の一部を抜粋。紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

 私が言いたいのは、人間の気分の総和は基本的に一定であり、高い幸福度や自己肯定感は決して永続しない、ということです。ずっと憧れていた仕事に就けた、大好きな人とパートナーになれた、そうした幸福度を高めてくれるイベントに対しても、人はじきに慣れていきます。幸福度と自己肯定感はある程度平行していますから、幸福度が下がれば肯定感も下がる。しかし下がりっぱなしかと思いきや、ふとしたことで幸福度が回復される。結局はその繰り返しではないでしょうか。だとすれば、自己肯定感は自己愛の片側でしかなく、その反対側には自己否定や自己批判がもれなくついてくるのが普通ではないのか。

カルトの洗脳手法

 私がそう考えるに至ったのは、あるカルト団体を取材したことがきっかけでした。

「幸福会ヤマギシ会(以下ヤマギシ会)」といえば、1960年代にはカウンター・カルチャー志向の知識人によって高く評価された思想実践集団です。一時期は世界最大規模のコミューンを形成するほどの団体でした。そこで生産される農産物は、かつては全国のデパートなどで扱われ人気を集めていました。ヤマギシ会の基本理念は「我執」から解放され「研鑽」を通じて自他一体の全世界的な繁栄を目指すことです。

©iStock.com

 ヤマギシ会では定期的に「特別講習研鑽会(特講)」を開催しており、一般にも広く参加を呼びかけています。70年代には学生運動に挫折しユートピアを夢見る学生たち、80年代には子育てや生き方に悩む主婦やサラリーマンが多数参加したといいます。本筋からは外れますので詳しい解説は別の著書に譲りますが(『博士の奇妙な思春期』日本評論社、2003年)、この「特講」が一種の洗脳として作用していることから、私はこの団体を「カルト」とみなしています。