知的障害者・精神障害者・遺伝性疾患患者・同性愛者・路上生活者など20万人以上を安楽死によって殺害……ナチス時代のドイツに蔓延した「優生思想」とはどんなものだったのか?

 優生思想がもたらした歴史的な惨劇と、現代社会にもなお潜む危険性について、哲学研究者・戸谷洋志氏の新刊『親ガチャの哲学』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

ヒトラーが信奉した「優生思想」の危険とは? ©getty

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ナチスと優生思想

 弱いポケモンを淘汰しようとするミュウツーの信念は、前述の通り、優生思想を想起させます。

 改めて説明すると、優生思想とは、望ましい性質をもった人間の出生を促し、望ましくない性質をもった人間の出生を妨げようとする思想です。一般的には、知性の優れた人間を創造することや、不健康な人間を淘汰することが、その目的に掲げられます。またそうした目標を達成するための手段として、望ましい性質をもった人間同士の生殖が奨励されたり、望ましくない性質をもった人間の生殖が禁止されたり、最悪の場合、そうした人間の抹殺までもが行われたりします。

 優生思想は、歴史の中で様々な惨禍を引き起こしてきました。その代表格として挙げられるのが、ナチス政権下のドイツで行われた障害者への暴力です。

 1933年、ドイツで政権を奪取したナチ党は、遺伝病子孫予防法という法を成立させ、40万人の身体・精神障害者を強制的に断種しました。もともとナチ党は、国家を優れた国民によって構成することに異様な関心を持っており、青い目・金髪・長身のいわゆる「アーリア人」と呼ばれる遺伝子的特徴を望ましい性質として位置づけました。それに対して障害者は、望ましくない性質を持つ人々として、後世に残すべきではないと捉えられてしまったのです。

 こうした思想は、第二次世界大戦中に過激化していきます。1939年、ヒトラーはナチ党高官に対して、知的障害者・精神障害者・遺伝性疾患患者・同性愛者・路上生活者などを安楽死させることができる、という権限を与えました。これを受けて、ベルリン市内のティーアガルテン通り四番地に、一酸化炭素ガスによって対象者を中毒死させる施設が設立され、大量虐殺が始まります。この地名に由来し、この事件は一般に、「T4作戦」と呼ばれます。