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(3)お国柄の違いを理解する

 コンサートを行う国や地域によっては、音楽の楽しさがいちばん伝わりやすいように、弾き方やプログラムを調整することもあります。

 例えば日本と中国を比べてみましょう。あくまで個人的な意見ですが、日本は鹿威しに代表されるように、音と音の“間”を楽しむ文化が根付いています。また、盆栽のように、余計なものを削ぎ落すことに美学を感じる方が多い。

 その一方、中国のお客さんたちは、より華やかなものを好まれます。そこで今年の9月、中国の上海でショパンのポロネーズを弾いた時には、音と音の間を気持ち短くしてみました。

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 主催者がコンサート・プログラムに求めるものも国によって差があります。フランスは基本的に奏者にお任せですが、ドイツでは「この曲を」と頼まれることが多い。例えば私は去年、モーツァルトの『ピアノ・ソナタ全集』のCDを出しましたが、最初に提案した曲目にモーツァルトを入れていなかったら「あなたのモーツァルトを聞きたいんです!」と言われました。

 イタリアでは主催者に「長いと観客が飽きるので1時間半にして欲しい」と言われました。でもイタリア・オペラには3時間の公演もあります。そう指摘したら、「オペラは物語があるし、動きもあるから大丈夫なんだ」と。

 ニューヨークの“音楽の殿堂”カーネギーホールは、奏者へのリクエストに対しても、有無を言わさぬ迫力がありました。

 最初、私が尊敬する作曲家・三善晃先生のピアノ・ソナタをプログラムに入れていました。せっかくのカーネギーホール・デビューですから、日本人の作品を弾いてみたかった。でも、「マスター・ピースを弾いてください」と言われ、結局、モーツァルト、リスト、ブラームスなどメジャーな曲を選びました。

(4)海外公演に必要な三種の神器

 私にはコンサートの時に持ち歩く“三種の神器”があります。持ち運び可能な小型の加湿器とヒーター、そしてカイロの3つです。

 なぜこの3つが必要か。例えば東京のサントリーホールでしたら、夏でも28度に温度を設定できます。しかし毎回、そんな素晴らしいホールばかりではありません。特に私はヨーロッパの音楽祭に出演することが多いですから、石造りの教会で弾くことも、森の中の野外ホールで演奏することだってあります。

演奏後の一コマ ©王子ホール/白井淳太

 カイロは常に2個常備して右手と左手を温めておきます。ヒーターは楽屋のピアノの傍に置き、乾燥し過ぎないように加湿器を設置する。これが公演前のルーティンです。

 導入したのは、今年の春からです。プレッシャーのかかる大きな公演に呼ばれることが増え、ありがたいことにお客さんも増えてきました。どの国の公演にも来て下さる外国のファンの方もいます。

 皆様の期待に応える演奏をしなくてはならない。その責任感から、この3つを揃えることを思いついたのです。

本稿の全文「ピアノは自分をよく見せるために使わない」は、「文藝春秋」1月号、および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。