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「お金の問題ではないんです。ここには映画館も劇場も美術館もスポーツクラブもスーパー銭湯も気軽に入れる飲食店や喫茶店もないでしょう」

「そういえば山頭火や一風堂のラーメン、CoCo壱のカレーが食べたいな」と私。

「外に出て街を散策しても商店街には人が全くいなくて、ホームから海岸まで20分以上かかるし、夜の海の散歩は危険だし。そうなると時折の買い物以外は外には一歩も出ず、閉じこもるしかない。毎日がこのホームの中で完結してしまう」

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「だからといって朝から館内でカラオケや麻雀をやるのは味気ないですしね。私の老後のテーマは『孤独と海』なんです」

「平野さんは海の風景が好きだからここにいると言っているが、私はそうでもないですから。妻も都会が恋しいみたいで、友達や親類となかなか会えない、と愚痴をこぼしている。ここはね、足腰が立たなくなったり、重病にかかっている人たちにとっては素晴らしい場所です。自分もそうなったら、またこういう老人ホームに入ることになると思うが」とO氏。

新しい住処でやりたかったこと

 たしかに今の私はまだ元気がありすぎる。体の不調はない。このホームでも一番元気がいいと言われる。食事もほとんど自分で作る。

 一方、自立型老人ホームといえど、館内には車椅子の人や重病を患っている人が多く、まさに「ザッツ、老人ホーム」という雰囲気。『やすらぎの郷』のように、インテリジェンスある入居者たちとバーで一杯飲みながら余生を語ってみたいと夢見ていたが、そんな余裕はなさそうだった。

自室の窓から見える雄大な太平洋

 私はこの新しい住処で、相変わらず一波乱を起こそうと考えていた。過疎化が進む鴨川の市長やこの老人ホームを運営する不動産会社の偉いさんを引っ張り出し、東京の著名人を呼んでYouTubeあたりで、トークセッションをしたかったのですがね。他にも、イベントを開催したり、ジャズやロックが流れる喫茶店を開いてみたいなどと考えていたが、いずれも何もしないうちに頓挫してしまった。

 ついには地元の人たちとは友情を育み、親しくなることもできなかったな。せめて漁師さんとは友達になりたかった。